脳神経外科
PET(ペット)による脳障害、脳血管障害の最新診断
PETとは、Positron Emission Tomographyの略で日本語では陽電子放射断層撮影といいますが、PET(ペット)という言葉のほうが一般に知られています。この検査は、ポジトロン(陽電子)というプラスの電気を帯びた特殊な電子を放出する薬剤を投与し、その体内の分布を特殊なカメラで撮影する新しい診断法です。香川大学医学部附属病院には2002年に中国四国地区で初めて導入され、脳神経外科領域ではPETの特性を生かし主に①脳腫瘍の診断、②脳血管障害の診断、③脳損傷の診断に役立てています。
体幹部の腫瘍については一般的にFDG(フルオロデオキシグルコース)という薬剤を使用し、腫瘍が正常組織よりもブドウ糖をたくさん使うことを利用して診断を行います。しかし、正常脳はブドウ糖をたくさん使用するために、脳腫瘍の診断においてはFDGでは腫瘍と正常脳との区別が難しい場合があります。当院では脳腫瘍にはFDGの他に、腫瘍のアミノ酸代謝を示すメチオニン、腫瘍のDNA合成能を示すFLT(フルオロチミジン)、腫瘍内の低酸素領域を示すFMISO(フルオロミソニダゾール)を用いて脳腫瘍の悪性度診断を行っております。
またMETなどを用いて、脳腫瘍に対する放射線治療後に発生する放射線壊死と腫瘍再発との鑑別にも役立てています。
外傷後の脳損傷による高次脳機能障害とPET脳外傷に伴う高次脳機能障害患者において慢性期の頭部CTやMRIなどの形態学的画像診断法では病変が明らかでない場合があります。当院では高次脳機能障害の診断において、CT、MRIに加え、フルマゼニルを用いたPET検査を行っています。フルマゼニルは大脳皮質神経細胞障害の分布やその程度を定量的に評価することが可能なPETトレーサーであり、脳外傷慢性期の高次脳機能障害患者において、フルマゼニルPETで前部帯状回や内側前頭回の神経細胞障害が示すことができ、高次脳機能障害の診断に役立てています。
認知症とPET
突発性正常圧水頭症(以下iNPH)は治療可能な認知症とされており、積極的に診断・治療が行われています。しかしiNPHは高齢者に多く、加齢による大脳の萎縮やアルツハイマー型認知症の合併も多く、診断や手術適応の判断に苦慮することもあります。当科ではFDG-PETを用いて認知症診断を行っています。iNPHでは前頭葉から頭頂葉にかけての広範な頭頂部に相対的糖代謝亢進領域を認めますが、アルツハイマー型認知症では後部帯状回、楔前部などに相対的糖代謝低下領域を認めます。これらを利用してiNPHとアルツハイマー型認知症の鑑別診断に役立てています。
また他にアルツハイマー型認知症における認知機能障害の原因病理の一つと考えられている脳内アミロイドβの沈着を検出するPIB(ピッツバーグ化合物B)によるPETも行っています。
脳血管障害に対するPET検査
香川大学医学部附属病院では2002年に中四国で初めてPET(Positron Emission Tomography:ポジトロン・エミッション・トモグラフィー)を導入しました。PET検査とは陽電子放射断層撮影のことで、がん細胞に目印を付けてがんを正確に発見できることで有名です。しかし、PET検査はがんだけでなく、脳血管障害に対しても有効に利用することができます。これはガスPET検査と呼ばれるもので、脳の血流や代謝の状態を画像として捉え、脳血管障害の重症度評価、治療方針の決定、治療効果判定などを行います。患者さんに、一酸化炭素、酸素、二酸化炭素の3つのガスを順番にマスクで吸ってもらいながら、腕の動脈から経時的に採血することで、脳血流量、脳酸素代謝率、脳酸素摂取率、脳血液量を測定します。検査時間は約30分で、迅速法を用いれば最短15分程度で終了します。当施設では年間100~120件のガスPET検査を行っています。
ガスPET検査の最も良い適応となる疾患は脳梗塞です。脳の太い血管や頚動脈が狭窄して脳への血流が不足すると脳梗塞となりますが、脳梗塞を起こすまでにはいくつかの段階を経過することが分かっています。脳血流量が低下すると、脳の末梢血管が拡張して脳血流(脳血液量)を保とうとします。末梢血管が拡張できる能力を越えて脳血流が低下すると、血管内より酸素が取り込まれる比率(脳酸素摂取率)を増やして脳への酸素供給量を維持します。しかしそれも限界に達すると脳酸素代謝率が低下し、神経細胞などの脳組織が壊死を起こして脳梗塞を発症します。これらの一連の反応のうち、脳梗塞前のどの段階にいるのかをガスPET検査を用いて把握することができます。つまり、ガスPET検査は将来の脳梗塞発症の危険性を判定することができる非常に有益な検査です。
症例を1例提示します。高度な右内頚動脈狭窄症の患者さんです。脳血管撮影検査にて右内頚動脈の起始部に高度の狭窄を認めています(図A)。ガスPET検査では、右大脳半球において脳血流量が低下(図B)し、脳酸素摂取率が上昇(図C)しています。これは将来脳梗塞を起こす危険性の高い状態です。脳梗塞予防の目的で、頚動脈ステント留置術を施行しました。術後の脳血管撮影では、右内頚動脈は良好に拡張しています(図D)。術後のガスPET検査では、右大脳半球の脳血流量が上昇(図E)し、脳酸素摂取率が低下(図F)しています。これで今後脳梗塞を起こす危険性が軽減されたことが分かります。