漏斗胸の治療について説明する「胸のかたち」研究室

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痛いの?痛くないの?(2) - 「下準備」をした上で挙上する

プロが加えるひと仕事

2.圧迫感を減らし、形を良くするテクニック―一部の軟骨を離断する

金属バーを装着して胸壁を持ち上げる、いわゆる「ナス法」は広く普及し、今では多くの施設において標準的な術式になっているようです。「漏斗胸に対しては、とにもかくにもナス法」という、公式的な考え方をする施設も少なくありません。これに対して私たちは常々、「どのような患者さんに対しても、画一的にナス法を行うのは間違いであり、患者に応じて術式を工夫しなくてはいけない」と主張し続けています。

本項でご紹介するのはその工夫のひとつです。タイトルには一応、「一部の軟骨を離断する」と書きましたが、おそらく何のことかわかりませんね。しかし以下の説明をお読みになっていただければ、お解りになりはずです。少し専門的な内容を含みますが、真剣に手術を検討されている方は、ぜひチャレンジして読んでみてください。

ある物事を説明するためには、その物事の意味を最初に解説した上で、具体的な応用例を示すのが通常の順序です。しかし、本項で述べるテクニックの意味を理解するためにはむしろ、この順番を変えた方がわかりやすいです。

そこでまず、「何を行うのか」を先に説明した上で、その効果について解説することにします。

まず、このテクニックを行うためには「みぞおち」の部分に小さな切開を入れます。図1に、このテクニックを使って手術を行った患者さんの術後の写真をご覧に入れます。

図1:みぞおちの部分に小さな切開を加えます

この小さな切開から肋軟骨を露出し、図2に示すように離断(切り離すこと)を行います。

図2:下部の肋軟骨を離断する

このように一部分の肋軟骨を離断することにより、いくつもの効果が期待できます。

第1に、術後の痛みを減らすことができます。
漏斗胸においては、胸骨が下向きに落ち込んでいます。この状態を図3に示します。話を分かりやすくするために、肋骨の数を少なくしています(通常の肋骨は12本ですが、この説明では便宜上、4本にしています)。中央の白い部分が胸骨であり、周辺のピンクの部分が軟骨です。

図3:漏斗胸の状態の模式図

図3の、下向きに沈んでいる胸骨を上に持ち上げた上で、その状態を保定するために金属バーを装着するのがナス法の基本原理です。つまりは力を加えることによって胸壁の形を変えているのです。胸壁の陥没が修正されることは、患者さんにとっては喜ばしいことです。

しかし、もともと変形している胸壁の立場に立ってみると、力を加えられて無理に形が変えられるわけです(あたかも胸壁そのものに「こころ」があるかのような書き方ですが)。そこで、胸壁はもとの位置に戻ろうとします(図4)。物体一般に見られる、もとの形に戻ろうとする力を可塑性(かそせい)と言いますが、胸壁の可塑性によって、装着された矯正バーは強く押されることになります。ナス法を普通のやり方で行うと、術後に圧迫感が生じるのはこのためです。年齢が高いほど胸壁は硬くなるので、中年以後の患者さんに対して手術を行うにあたっては特に注意が必要です。

図4:ナス法の術後に圧迫感が生じる理由

図2で示したごとく下部の肋軟骨を胸骨から離断することで、上で説明した圧迫感や痛みを減らすことができます。肋軟骨を離断すると、どのような変化が起こるのかを考えてみましょう。図5に、この状況をモデル化して示してみます。下位の肋軟骨は胸骨の下端に付着していますが、胸骨と肋軟骨の連結を断ちます。

図5:肋軟骨を離断したモデル

図5のように、下位の肋軟骨を離断しておいてから、陥没した胸骨を挙上し矯正バーを装着すれば(図6)、胸骨がもとの位置に戻ろうとする可塑力はかなり軽減します。胸骨を持ち上げようとすると、胸骨の下端に付着している肋軟骨は持ち上げようとする力に対抗して胸骨を下に引きます。肋軟骨を離断することでこの「引き戻し」の力はかなり減ります。このため胸骨が、もとの凹んだ位置に戻ろうとする可塑力も減弱し、圧迫感はかなり減ります。

図6:下位肋骨の離断は胸骨の「後戻り力」を減弱させ、痛みを減らす

図6をご覧になっていただければ、このことは直観的に理解していただけると思います。しかし大切なことなので(少々くどいかもしれませんが)、さらに詳しく説明します。

漏斗胸の手術は、凹んでいる部分を持ち上げることにその本質があります(当たり前ですね)。胸郭の構造を力学的に見直してみると、図7左の模式図で表現できます。図7の、吊り革をぶら下げている横棒は胸骨を、それぞれの吊り革とそれにぶら下がっている人は、おのおのの肋軟骨を示します。

図7:胸郭の力学的構造の模式図

漏斗胸の胸郭を図7のように模擬するとすれば、それに対する手術は図8のように表現されます。何が言いたいかというと、「陥没の主体である胸骨を持ち上げようとすれば、胸骨そのものを持ち上げる負担の他に、それに付着している肋軟骨も同時に持ち上げる必要がある」ということです。

図8:漏斗胸の手術では、胸骨および肋軟骨を併せて持ち上げる必要がある

下部の肋軟骨を図2で示すように離断することは、図9のように、端の方のつり革を取り外すことに相当します。横棒(=胸骨)の持ち上げを妨げる要素が減るので、より少ない力で胸骨が持ち上がることになります。ゆえに図4で示した可塑力が減弱し、術後の圧迫感も減ります。

図9:下位の肋軟骨を取り外せば、胸骨を持ち上げるのに必要な力は減る

図9を見ると、洞察力のある方は「たしかに下位の肋軟骨を離断しておけば、少ない力で胸壁が持ち上がるのは解った。また、術後の圧迫感もそれに応じて少なくなるだろう。でも、離断した肋軟骨は持ち上げなくて良いのだろうか?」と思われるかもしれません。症例にもよりますが、大方の場合、むしろ「持ち上げない方が良い」のです。次にこの理由について、説明します。

まず、図10をご覧ください。この症例は室長が、まだ経験の少ない20年ほど前に手術を行った症例です。左が術前の状態、右が術後です。胸郭の陥没した部分が挙上されたのは良いのですが、あばら骨の下部(=肋骨弓:ろっこつきゅう)が突出してしまいました。

図10:肋骨弓が持ち上がった症例

患者さんのご両親には、「凹みが良くなった」と非常に感謝していただいたのですが、「かたち」を良くすることを生活の糧にしている形成外科医としては釈然としないものが残りました。

そこで、この現象がなぜ生じたのかについてよく考えてみました。

漏斗胸の患者さんにおいては、肋骨弓は大方の場合において前方に出っ張っています(図11)。これはおそらく、生体防御的な現象ではないかと私たちは考えています。つ胸部の正中部分が凹んでいるので、胸郭の体積を一定に保とうとして、下部の軟骨が前に出てくるという考え方です。この仮説の真偽については、いろいろな患者さんのデータから検証する必要がありますが、われわれの臨床的経験に照らすと、間違いないと思われます。

図11:漏斗胸においては多くの場合、肋骨弓が突出している

このように、漏斗胸の患者さんにおいては、肋骨弓はもともと、胸骨よりも前方に位置しています。ナス法においては胸骨を前方に引き出しますが、胸骨と肋骨弓は連結しているため、胸骨を持ち上げると、それに連動して肋骨弓も前方に引き出されます(図12)。

図12:胸骨を前方に押し出すと、肋骨弓も連動して前方に移動する

下位の肋軟骨を胸骨から離断しておけば、胸骨と肋骨弓の連動は生じなくなります。ゆえに、矯正バーを装着して胸骨を前方に押し上げても、肋骨弓の押し上がりは起こりません(図13)。それゆえ、図10でご覧に入れたような現象は生じなくなります。つまり下位の肋軟骨を離断することは、図4から図9で説明したように術後の痛みを減らすためのみならず、良い形をつくる上でも効果的なのです。

図13:下位肋軟骨を離断すれば、胸骨と肋骨弓の連動は生じない

「肋軟骨と胸骨の連結を外すことにより、良い形をつくることができる」という事実は、すぐに証明できます。

実際に行った手術の写真を用いて説明してみましょう。図14は成人の患者さんに対して、普通のやり方でナス法を行った直後の状態です。患者さんの年齢や体形から考えて、肋軟骨の離断を行うべきか、行わないか決めかねたので、まずは特に工夫せず、普通のナス法で手術を行ってみました。黄色い△矢印で示しているように、やはり肋骨弓の出っ張りが生じてしまっています。

図14:通常のナス法で成人に対して手術を行った、直後の状態

△で示した突出は、やはり気になります。そこで改めて鳩尾部に切開を入れ、7番目の肋軟骨を離断しました。図15の左側は離断前の状態、右側は離断後の状態です。肋軟骨を胸骨から離断して肋骨弓の連動を防止することで、肋骨弓の不自然な突出もなくなりました。

図15:肋軟骨の離断により、肋骨弓の突出は改善する

以上述べてきたように、下位肋骨を胸骨から離断することは、術後の圧迫感を減らすためにも、肋骨弓の出っ張りを防いで良い形をつくる上でも有用です。

これらの効果は、手術に伴う胸郭の力学的な状態を変化させることによって得られるものです。しかしこうした本質的な効果に加えて、われわれのテクニックには嬉しい「おまけ」も伴います。

肋軟骨を胸骨から離断する際には、特殊な器具を使って、肋軟骨と胸骨の連結部分を削ります。この際に、図16で示すような軟骨が余りますが、この軟骨も捨てずに利用します。もともと胸壁に微細な凹凸のある方では、胸壁をうまく持ち上げても、どうしても小さな凹凸は残ってしまうものです。こうした凹凸は通常、それほど目立つものではありません。しかし使えるべき軟骨がある場合には、それを利用しない手はありません。余った軟骨を凹んだ部分に移植して、少しでもよい形をつくります。

図16:余った軟骨は微修正に使用する

この項で報告した術式は、ナス法とは異なる新しい術式だと私たちは考えています。たしかに、私たちの方法においても、胸郭を挙上する支台としてナス法で使用する金属バーを使います。しかし、ナス法の原法においては「いかにして挙上に必要な力を減弱させるか」という概念は提唱されていません。また、胸郭が挙上されれば、それで手術の目的は達せられると認識されています。形態をいかによくするか、についての関心はあまり払われてはいません。本項においでご紹介した方法ではこれらの2点に力点が置かれていますので、異なる手術概念といえるはずです。私たちは国際学会においてこの理論について発表し、高い評価を得ています。

もっとも、肋軟骨を離断するテクニックはすべてのケースに対して用いているわけではありません。年齢が若くて胸郭が軟らかい患者さんにおいては、それほど強い圧迫感は生じませんし、特に工夫をしなくてもそれなりに形はきれいになります。こうしたケースに対しては、私たちはごく普通のナス法で手術を行っています。

一方、成人の症例に対する手術は、小児に対する手術よりも難易度が高いので、本項でご紹介したテクニックは有用な場合が多々あります。しかしそうした場合においても、患者さんが「みぞおち」に切開を入れられるのはあまり気が進まない、というようなことをおっしゃる場合には、本テクニックは使用しません。それぞれの患者さんの希望をお聞きした上で、術式を選択しています。

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