痛いの?痛くないの?(2) - 凹みは骨か?軟骨か?
プロの目利き
漏斗胸の患者さんは数多くおいでになります。しかし一口に漏斗胸と言っても、その状況はおのおのの患者さんで異なります。それぞれの患者さんの特性をよく考えて手術を行うことにより、はじめて良い結果を得ることができます。それでは具体的にどのような点に気をつければ良いのでしょうか?「プロの目利き」の項では、私たちの考えを述べてゆきます。
●1.凹みは骨か?軟骨か?
私たちはまず、「凹んでいる原因は、骨なのか軟骨なのか」を見ます。
例えば図1に示したCT画像をご覧ください。両方とも、男性の漏斗胸患者さんの胸郭です。凹みはほぼ対称的で、全体の形は一見、よく似ています。
図1:二人の漏斗胸患者さんの胸部CT画像
ところがこれら二人の患者さんに対しては、まったく異なった手術が必要なのです。その理由は、同じく胸が凹んでいるといっても、凹んだ部分が何によって構成されているのかが異なっているからです。
まず左の症例について見てみます。陥没している部分をよく見てみましょう。図2の、枠で囲った部分が陥没しています。この部分は、主として軟骨により構成されています。
図2:凹んだ部分は主に軟骨で構成されている
これに対して図1の右側の患者さんでは、図3に示すように、陥没部分の少なからぬ割合を骨が占めています。
図3:軟骨のみではなく骨も、凹みの原因になっている
図2の症例に対しては、ごく普通にナス法で手術を行っても大きな問題はありません。というのは、凹んだ部分が主として軟骨からなっており、軟骨は骨に比べると容易に曲がるからです。
このことについて、模式図を使って説明しましょう。図2のように凹みが主として軟骨で構成されている状況を、模式図に表すと図4に示したようになります。白く示した部分は骨で、桃色で示した部分は軟骨です。
図4:凹みが軟骨で構成されている場合
軟骨は力を加えると曲がります。ゆえに図5のように矯正バーを左右の胸郭に渡して持ち上げれば、さしたる苦労もなく形態が改善します。胸郭およびバーに無理な力は発生しませんから、手術後にバーがずれたり、圧迫感に悩まされたりする可能性は高くありません。
図5:軟骨の矯正は容易である
一方で図3のように、凹んだ部分の一部に骨が含まれる場合には、まったく話が変わってきます。この状況を模式図で表すと、図6のようになります。真ん中の白い部分は胸骨(きょうこつ:胸郭の中心に存在する骨)です。胸骨の端が、下に向かって沈み込んでいる点に着目してください。
図6:凹みが骨を含む場合
このようなケースに対しては、オーソドックスなナス手術を行ってはいけません。まず、良い形になりません。たしかにバーを入れて持ち上げることにより、一通りのナス手術を行うことはできます。しかし、いくら力を加えても骨の形は変わりません。ゆえに、骨は下向きの「く」のままで持ち上げられることになります。この結果、手術後に胸は、真ん中のみ少し出っ張った形になってしまいます。さらに、骨の硬さに逆らって無理に凹みを修正することになるので、手術後に痛みや圧迫感が生じる可能性があります。
図7:骨の変形の大きな症例では疼痛が発生しやすい
変形した部分の骨を離断すれば、この問題を解決することができます。
図8のように、凹んでいる部分を、変形の無い部分から切り離します。
図8:変形部分の離断
切り離された部分は可動性を得るので、無理なくバーを装着して形を修正することができます(図9)。図7の状況と異なり無理な可塑力が発生しないので、手術後に痛みや圧迫感を感じなくなります。
図9:骨の離断によりバー装着が容易になる
大人の漏斗胸に対して手術を行う場合には、子供に対する手術とは異なり、ひと工夫を加えることが必要です。ここでしめした胸骨の離断は、そのうちのひとつのテクニックです。図3の患者さんの術後CTを図10に示します。
図10 手術後の胸郭