目立つキズアトを残さないために
漏斗胸で変形している胸郭の形を治すためには、金属バーの装着や、骨や軟骨の離断が必要です。これらの操作を行うためには皮膚に切開を加えなくてはいけません。切開した部位にはどうしても「キズアト」が残ります。
ただし美容形成外科的な配慮をすれば、こうした「キズアト」をかなり目立たなくすることができます。その秘訣は、
① なるべく目立たないところに切開線を置くこと
② 美容形成手術で行う縫合方法を用いること
などにありますが、それと同様に大切なことがあります。
それは「手術中に、できるだけ皮膚を傷めない」ことです。
図1:胸の脇の方においた切開から手術操作を行う
漏斗胸の手術においては、小さな切開線から骨を切ったり、削ったりします。瓶の中に船の模型を作る、ボトルシップという趣味がありますね。作業はピンセットなどを用いて瓶の口から行いますが、漏斗胸の手術もそれと似たイメージです。通常は、胸の脇の方になるべく小さな皮膚切開をおいた上で(図1)、この小さな切開線から肋骨や胸骨を見て、操作を行います。
図2:手術操作を行っているところ
胸の真ん中の部分はなかなか見えにくいので、図2に示すように筋鉤(きんこう)という器具を使って、切開した皮膚を広げながら手術操作を行います。
皮膚を引っ張ると皮膚の縁がどうしても傷みます。この結果、術後にいわゆる「ミミズ腫れ」の状態となります。別のページで、キズアトが目立っているケースをご紹介しました。
おそらくこの手術をされた先生は、できるだけ小さな切開で手術をされようと努力されたのでしょう。しかし、それが裏目に出て、手術を行う過程で皮膚を傷めてしまっています。先ほどの「ボトルシップ」のたとえで言うと、瓶の口を痛めてしまった、ということです。この結果、かえってキズアトが「ミミズ腫れ」になって目立ってしまったのでしょう。
図3:ウーンドリトラクターを使えば、
皮膚は痛まない
こうした「ミミズ腫れ」を防ぐには、手術操作に伴う皮膚のダメージを減らすほかありません。香川大学では「ウーンドリトラクター」という器具を用いて皮膚を保護しています。「ウーンドリトラクター」とは特殊なゴムでできた器具で、切開した皮膚の縁をカバーします。
この器具を、切開した皮膚にとりつけて手術を行えば、図3のように筋鉤で皮膚を引っ張っても、皮膚の縁が傷むことはありません。スマホの画面にシリコンシートを貼っておけば、画面に傷がつかないのと同じ理屈です。
図4:ウーンドリトラクターの装着(遠景)
図4はウーンドリトラクターを装着して手術を行っているところを、遠景で写したものです。
漏斗胸の手術の主たる目的は、胸の形をきれいに整えることです。そのためには必要に応じて、骨や軟骨を組みかえることが必要です。骨や軟骨を組み替える操作を行うためには、必要に応じて皮膚を切開しなくてはいけません。皮膚を切開する長さは最小限にし、美容外科のテクニックを用いてていねいに縫うべきです。しかしそれに加えて、このページでお示ししたような配慮も行えば、さらにキズアトを目立ちにくくすることができます。
以上の話は、少し「玄人」むけの内容です。しかし、よい治療をお受けになるためには、患者さんも少し踏み込んで治療内容を知っていた方が良いというのが、私たちの基本的なスタンスです。その信念で、少し詳しすぎるとも思える、このサイトを運営しています。
図5:ある患者さんのキズアト
もしも漏斗胸の手術を行っておられる小児外科や呼吸器外科などの先生が、このページをお読みになっていただいているのであれば、ぜひ、皮膚のマーキングのテクニックとともに、ウーンドリトラクターを使用してみてください。
私たち(香川大学病院 形成外科)では、漏斗胸の手術を行う場合、患者さんの全員にウーンドリトラクターを使用しています。患者さんの体質にもよりますが、こうした配慮を用いて手術を行い、術後もケアを怠らなければ、かなりキズアトを目立ちにくくすることが可能です(図5)。