漏斗胸の治療について説明する「胸のかたち」研究室

大人の漏斗胸・女性の漏斗胸の手術をたくさん行っています。

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いわゆる"バキュームベル"について

漏斗胸で悩まれている方はたくさんおいでになります。しかし手術となると、やはり怖いので二の足を踏むものです。そして「なんとか手術を行わないで治す方法はないものであろうか?」とお考えになります。

そうした方々がネット検索などをしてたどり着くのが"バキュームベル"です。バキュームベルは平たくいうと大きな吸盤で、空気を吸引することにより内部を陰圧にします。これを毎日1時間くらい行えば、何か月かのちには「漏斗胸が治る」と宣伝されています。

バキュームベルはもともとスイスのエンジニアであるFrank-Martin Heacker氏により開発された機器で、日本でも購入することができます。10万円から20万円くらいで販売されています。

Heacker氏は"バキュームベル"の効果を示すために、自身で論文を書いて発表しています。その他の国でも、一部の人たちが"バキュームベル"の使用経験について報告しています。「使用前」「使用後」の写真をご覧になりたければ、"vacuum bell"および"pectus excavatum"で検索していただければ、いくつか見つけることができるはずです。私(永竿)は"バキュームベル"は、非常に特定の状況においては役に立つ可能性はあると思いますが、"バキュームベル"のみでは漏斗胸は治らないと考えています。それゆえ、読者の誤解を避けるため、本ページではあえて"バキュームベル"の写真は掲載しません。

"バキュームベル"に対して私が抱いている考えを述べさせていただきます。

  • 1.バキュームベル単独では、胸郭の形は治らない。すなわち真の意味での、漏斗胸の治療とは言えない。
  • 2.ただし、皮下組織の厚みは増す。ゆえに、外見的な改善については一定の効果は期待できる。
  • 3.手術を受けた後の、後戻りを防ぐためには、効果があるかもしれない。

要するに、補助的なツールとしては役に立つかもしれないけれど、バキュームベル単独で漏斗胸を治すことは無理である、ということです。わかりやすい言い方をすれば、おそばの「薬味」のようなものです。それを使うことによって治療の効果が高まる場合はありうるけれど、それ単独での治療効果は期待できません。

私が"バキュームベル"に対して懐疑的な理由を説明します。
私が今までに治療した患者さんの中にも、"バキュームベル"を使用したことのある患者さんは何十人かおいでになりました。その方々たちのCT写真を撮ってみますと、判で押したように、骨より上の部分が厚くなっているのです(図1左)。おそらく、"バキュームベル"を使用する前は、図1右で示すような状態であったと推測されます。

図1:"バキュームベル"の使用経験のある方のCT画像

単純に、見かけ上の凹みを治すことを目的とするのならば、"バキュームベル"の使用はある程度の効果があったとは言えます。なぜなら、皮膚および皮下組織は少し、厚くなるわけですから。

しかし医師の眼から見ると、これは正しい医療とはとても言えません。なぜなら、心臓に対する圧迫が改善されていないからです。漏斗胸でいちばん大きな問題点は、胸壁が心臓を圧迫していることです。このため息切れや胸痛がおこります。図2のように、胸壁による心臓への圧迫を取り除いてこそ、本当の意味で漏斗胸が治ったと言えます。

図2:心臓に対する圧迫が解除されてこそ、真の意味での「治癒」である

室長が、"バキュームベル"の治療に対して懐疑的な理由はもう一つあります。国際的な医学界でも"バキュームベル"の有効性についてはかなり疑問視されています。多くの外科医が「有効性を示すのならば、胸の表面の写真だけではなくて、CT(コンピューター断層撮影)の写真を出してください」と、開発者ならび販売者に要求しています(私もその一人です)。そうすると開発者であるHaecker氏やその関係者は、「治療前」「治療後」として、図3に示したようなCT写真を出してきます。これも"vacuum bell"でGoogle検索してみると簡単に出てきますので、ぜひやってみてください(著作権の関係で、そのまま写真を出すことができません)。

図3:"バキュームベル"の有用性を「証明」する論文で、出される写真

彼らが"証拠"として出してくるCT写真は、"治療前""治療後"と謳いながら、バキュームベルを取り付けた状態で撮影したCT写真なのです。つまり、本当は"治療中"の写真なのです。当然のことながら、患者さんは四六時中"バキュームベル"を取り付けているわけにはいきません。ゆえに本来ならば"バキュームベル"を取り外した状態の写真を公表すべきなのです。ですが、彼らは決してそれをやりません。その理由は一つしかありません。おそらく器具を取り外した瞬間に、胸壁は凹んでしまうであろう ということです。漏斗胸の本質は、骨(=肋骨)と軟骨(=肋軟骨)の変形です。骨と軟骨には、陰圧を加えたからと言って永久に形が変わるほど、柔軟性はありません。鼻を高くしようと思って毎日引っ張っても、鼻は高くならないのと同じです。

しかし"バキュームベル"を毎日使用すれば、皮膚や皮下脂肪の形は少しずつ変化する可能性はあります。図4に示すように、皮膚に強い吸引圧を加えると、皮下出血が起こります。卑近な例ですが、いわゆる「キスマーク」ができるのと同じ理屈です。これを毎日繰り返すと、皮下に一種の「かさぶた」ができます。これを「血腫」と言います。

図4:"バキュームベル"の装着により、皮下出血が生じる

血腫が長期間残ると、次第に硬い組織に変わってきます。これを「器質化」と言います(図5)。手を使う職業の人に「胼胝(たこ)」ができるのと同じ理屈です。このため、皮下脂肪の厚みが増して、一見、漏斗胸が良くなったかのように見えるわけです。「バキュームベル」を宣伝しているサイトはたくさんありますが、それらのサイトに出て来る写真はみな、皮下組織が厚くなった写真です。

図5:皮下に生じた血腫は、しだいに硬い組織に変化する(「器質化」)

このように、「バキュームベル」は、根本的な意味で漏斗胸を治すためには役には立ちません。しかし、だからと言って、まったく役に立たないというわけでもないと、私は推測します。ある場合においては「バキュームベル」はそれなりに有用かもしれません。

低年齢(10歳以下)でナス法の手術をお受けになった場合には、バーを抜去した後に、ふたたび胸壁が凹む可能性もなくはありません。こうした再発を防ぐうえで、"バキュームベル"は一定の効果はある可能性はあります。

ただし、それはあくまで、手術を受けたあとの補助療法なのであって、"バキュームベル"の使用だけで、漏斗胸が治るわけではありません。

"バキュームベル"は「手術がなしで治る」と謳っているので、患者さんにとっては魅力的に移るでしょう。また、皮下脂肪の厚さがすこし厚くなるだけとは言え、外見の改善はある程度、期待できます。ゆえに私は"バキュームベル"を全否定するわけではありません。ですが高額な器械ですので(10万~20万)、購入される前に、このサイトをお読みになって、よくお考えになってから購入することをお勧めいたします。

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