漏斗胸の治療について説明する「胸のかたち」研究室

大人の漏斗胸・女性の漏斗胸の手術をたくさん行っています。

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いわゆる「一回法」と、その利点および問題点

現在の漏斗胸治療において主流になっている手術法はナス法です。ナス法においてはまずバーを装着し、胸郭の形態を修正します。そして数年たって胸郭の形が固まってきたら、最初の手術で装着したバーを抜去します。つまり合計で(数年間あけて)2回の手術が必要です。これは患者さんにとって時間的な負担になります。これを避けるために、手術を1回で行う方法があります。一般的には胸骨―肋軟骨挙上法と呼ばれています。英語での名称はSternum-Costal Elevation methodといいますので、頭文字をとってSCE法と呼ばれることもあります。

一回の手術のみで治療が完了する点はSCE法の大きな利点ですので、筆者もSCE法を用いて手術を行う場合もあります。しかし、SCE法がナス法よりも向いているのは、「みぞおち」部分だけが局所的に陥没している、きわめて特殊な場合だけなのです。手術が1回で終了するという利点を割り引いても、大半の患者さんにとってはナス法で手術を行うほうが、長期的にみて明らかに利益が大きいと筆者は考えています。本章ではその理由を説明します。

まず、SCE法の基本原理を説明します。先ほどSCE法がもっとも適しているのは「みぞおち」の部分だけが陥没している場合だけと説明しました。最初に、このような場合を想定して考えることにします。

図1:みぞおちの部分が陥没している胸郭

図1の真ん中に描いたのは胸骨です。胸骨には肋軟骨(ピンク色)が左右から付着しています。胸骨の手前側は「みぞおち」の部分で、この部分に変形した肋軟骨が付着しています。

図2:みぞおちの部分に付着する肋軟骨を取り外す

まず、胸骨に付着している肋軟骨を取り外します(図2)。

図3:胸骨より肋軟骨を取り外す

この上で、胸骨より取り外した肋軟骨を曲げなおしてなるべく直線状とします(図3)。

図4:糸を用いて、肋軟骨を寄せ合わせる

取り外した肋軟骨を、糸を用いて胸骨に留め直します(図4)。糸を用いて留めるというのがポイントです。「ナス法やラビッチ法だと金属性の矯正バーを使うのでいずれ取り外しをしなくてはいけないが、糸しか使わないので後々に取り外す必要がない」ということが、SCE法の核心です。

図5右のように、みぞおちの部分のみが凹んでいる患者さんでは、この方法は効果があります。
ですが、5左のように胸壁の広い範囲が陥没している患者さんにたいしては、SCE法はあまり向いてはいません。こうした患者さんに対してSCE法で手術を行うと、いったんは凹みが治っても、1~2年以内に再び凹んでくる場合が多いためです。それはなぜかというと、力学的に安定した固定が難しいためです。

図5:一期法が向く場合と、向かない場合がある

胸郭の構造を力学的にモデル化すると図6のようになります。中央に胸骨が存在し、胸郭の前面の要(かなめ)となっています。これに肋軟骨が連結しています。胸骨と肋軟骨はお互いに支え合っています。胸骨は骨でできているので硬く、肋軟骨は軟骨ですので少し軟らかくなっています。そこでそれぞれを、横に突き出した展望台と、その先端に付着したケーブルのようにイメージしていただくと良いでしょう。このケーブルは、力を抜くと「ぐにゃり」としなってしまうものではなく、棒高跳びのポールのようにある程度の硬さをもった、「しなる」タイプの構造を連想してください。

図6:胸郭の力学的モデル

この力学モデルをつかって漏斗胸の胸郭を表現すると、図7のようになります。胸骨はみぞおちの方向に向かって落ち込み、落ち込んだ先端にケーブルがついています。

図7:漏斗胸の胸郭をモデルで表現した状態

このように落ち込んでいる構造を、持ち上げて正常にすることが、手術の目的です(図8)。

図8:漏斗胸に対する手術をモデル化した図

大部分の漏斗胸患者さんでは、胸骨および肋軟骨の双方が落ち込んでいます。そのような状態を改善するために行う漏斗胸の手術を、力学的にモデル化したのが以上の説明です。

以上が、力学的な視点から見た、漏斗胸治療の原理です。

ここで再び、みぞおちの部分のみが局所的に陥没しているタイプの胸郭に話を戻しましょう。このタイプの胸郭のみが、いわゆる一期法に向いている理由を説明します。このタイプでは、胸骨は落ち込んでいません。変形の主体は肋軟骨です。この状態は、図9のように「展望台」の部分の高さは正常ですが、その端に付着しているケーブルの部分はたわんでいるモデルとして表現されます。

図9:みぞおちの部分が局所的に陥没しているタイプ

いったんケーブルを展望台から切り離して留めなおせば、この状態は修正できます。図1から図4で示した操作がこの修正に対応します。この修正を行っても、もともと垂れ下がっていたケーブルは、もとのたるんだ形に戻ろうとします。この力は展望台を下に引き下げようとします。しかし、展望台そのものはもともとの形のままですので、しっかりと固定されています。つまり力学的には比較的安定しています。ゆえにケーブルから後戻り力が働いても、それほど下に落ち込んでゆくことはありません。

図10:陥没が局所的に集中している場合には、修正した胸郭は安定している

ところが漏斗胸患者さんの中で、陥没はみぞおちの部分にとどまっているケースはそれほど多くはありません。多くの患者さんにおいては、乳頭や鎖骨の高さまで凹んでいます。こうした患者さんの胸郭をモデル化すると図11のようになります。胸骨に相当する展望台も下に落ち込んでいます。

図11:通常の漏斗胸における変形。肋軟骨のみではなく、胸骨も落ち込んでいる。

このように多くの漏斗胸患者さんにおいては、図12のように胸骨の広い範囲も落ち込んでいます。

図12:胸骨も広範位に落ち込んでいる場合

こうした胸郭を1回法により修正するには、図12から図16に示すような操作を行います。

図13:胸骨の離断をまず行う

まず、胸骨を、正常な部分と落ち込んでいる部分の間で理断します(図13)。

図14:胸骨を周辺から離断したのちに、上に持ち上げる

このように胸骨を上下に離断しておいた上で、肋軟骨からも分離します。こうすれば胸骨を動かすことができますので、上に持ち上げます(図14)。

図15:胸骨を持ち上げたのちに、プレートを用いて固定する

胸骨を持ち上げた後に、持ち上げた位置で固定します。この固定は、図15のようにプレートを使って行います。

図16:肋軟骨を糸で胸骨に固定する

なめらかな胸壁を作るためには胸骨以外にも肋軟骨の位置も修正する必要がありますので、肋軟骨を持ち上げて胸骨に糸で固定します。

一期法で実際に行うのは以上の操作ですが、これをモデル化すると図17のようになります。まず、展望台の部分(胸骨に相当)を上に持ち上げます。

図17:胸骨をまず持ち上げた状態をモデル化した状態

実際の手術においては、持ち上げられた胸骨はネジとプレートを用いて固定されます。この操作は展望台とケーブルのたとえで言うと、図18のように杭を用いて展望台の一端を地面に打ち付けることに相当するでしょう。

図18:持ち上げた部分の端を杭で固定して、再び落ち込まないようにする

実際の手術においては肋軟骨をさらに胸骨に固定します。先の力学モデルで言えば、持ち上げられた展望台の端に、ケーブルを留めなおすことに相当するでしょう。すると図19のような状態になりますが、この状況では固定した杭に大きな負担がかかるのが、図19をみるとご理解できるでしょう。

図19:固定に用いた杭には力学的に大きな負担がかかる

つまり展望台とケーブルは自重のために下に落ち込んでゆこうとしますが、この落ち込みを防いで全体を支えているのは杭だけです。ゆえに負担に耐え切れず、「ゆるみ」が生じてしまいます。この結果、いったん持ち上げられた展望台とケーブルは、時間がたつにつれ沈み込んでいってしまいます。

図20:一端のみにおける固定には限界があり、構造を支え続けることはむつかしい

一期法で漏斗胸を治した場合にも、同じ理屈がはたらきます。図15のごとく胸骨は持ち上げられ、図16のごとく肋軟骨が胸骨に取り付けられますが、胸骨も肋軟骨も元の凹んだ状態に戻ろうとします。これを防ぐために胸骨を固定しているわけですが、固定部位には非常に大きな負担がかかりますので、時間が経過するにつれて次第に緩んできてしまいます。この結果、長い時間が経つと胸骨は下に落ち込みますし、胸骨に付着している肋軟骨も同時に落ちこんで行きます(図21)。この理屈により、一期法を用いて漏斗胸の手術を行ったあとには、時間とともに胸郭が再び落ち込むこと、つまり再発が生じやすいのです。つまり一期法は力学的に不安定な手術法なのです。

図21:一回法の術後は、後戻り変形が起こりやすい

これに対し矯正バーを用いて胸骨を固定すれば、後戻りは起こりにくいのです。というのは、矯正バーは胸骨を下から支える固定法だからです。これは力学的に見ると、図18のように一端を杭で固定する場合と比較すると非常に安定です。一端を固定する方法は「つり橋」に相当し、下から支える方法よいは、高速道路などでよくある「陸橋」をご想像されると良いかと思います(図22)。直感的に考えても両者の固定性に大きな差があることは言わずもがなだと思います。

図22:矯正バーによる固定は安定である

このように土台である胸骨の安定性を確保しておけば、落ち込んでいる肋軟骨の形を修正してそれに連結し、組織の後戻り力が作用しても、落ち込みは生じません。固定力のほうが後戻り力に比してはるかに強いためです(図23)。

図23:矯正バーによる胸骨の支持は安定なので、再変形を生じにくい

この理由により、矯正バー(ナス法やラビッチ法)を用いた修正においては後戻りはあまり生じませんが、いわゆる一期法では後戻りを生じやすいのです。つまり1期法においては手術の回数を減らすことと引き換えに、ある程度、結果を犠牲にすることになるのです。

たしかにナス法やラビッチ法、そして両者の利点を組み合わせた筆者のオリジナル法においては、胸骨を安定させるために装着した金属バーを、2~3年後に抜去する必要があります。この点が患者さんにとって時間的な負担になることは事実です。ですが、入院日数が10日~20日かかる初回手術はともかくとして、バーを抜去する手術は短くて2~3日の入院期間しかかかりませんし、日常生活に復帰するためのリハビリテーションもほとんど不要です。「2回の手術が必要」と言っても第2回目の手術の負担はとても少ないので、総合的に見て2期法のほうが圧倒的に有利なのです。

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