漏斗胸の治療について説明する「胸のかたち」研究室

大人の漏斗胸・女性の漏斗胸の手術をたくさん行っています。

鎖骨付近の形を治すには―Tシャツが着れるようにするために

多くの漏斗胸の患者さんでは「みぞおち」の部分が落ち込んでいます。この部分は服を着れば、外からはわかりません。しかし、一部の患者さんは、「みぞおち」だけでなく鎖骨の部分も凹んでいます。広い範囲が凹んでいるわけですが、このタイプは女性に多い傾向があります。こうした方々は、異口同音に「Tシャツなどを着たときに、鎖骨の付近が凹んでいるのが目立って嫌だ」とおっしゃいます。

このような変形が存在する場合、普通の方法(ナス法)で手術を行っても、良い結果は得られません

図1:通常のナス法で手術を行っても、上部の凹みは治らない

たとえば図1をご覧ください。この患者さんは、ある病院で手術をお受けになりました。その病院では、普通のナス法を用いて手術を行ったそうです。たしかに「みぞおち」の部分の凹みについては治っています。ゆえに手術は、一応は成功したと言ってよいでしょう。

ですが右側の乳房と鎖骨の間が、まだ凹んでいます。服を着た時に、この部分の凹みが目立つというのが、この患者さんの悩みでした。

じつは室長(永竿)も、この問題には長く悩まされていました。長らく研究を重ねた末、ようやくよい解決法を見つけました。

図2は、開発した方法を用いて手術を行った例です。右側の図は、手術前の状態です。右胸の上部が凹んでいるのがお判りになると思います。左は術後の状態ですが、この凹みがきれいに治っています。

図2 胸壁の上部の凹みも、工夫をすれば治すことができる

このページでは室長がどのようなテクニックを開発したのか、そしてなぜそれが有効なのかについて、ご説明します。

まず、なぜ「普通のナス法では、胸の上の方(鎖骨の付近)の凹みを治すことはできない」のか説明しましょう。

ナス法では胸壁にバーを装着します。なぜ装着ができるのでしょうか?

それは、肋骨がV字型に弯曲しているからなのです。たとえば両手の指を少し曲げると、図3右のように細長いものを引掛けることができます。胸壁にバーを装着できるのは、このしくみによるものです。

図3 ナス法で胸郭に矯正バーを装着することが出来るのは、肋骨がV字型に弯曲しているから

図4 「谷」状の構造だからこそ、バーを装着できる 

図4をご覧になっていただければ、この理屈がわかると思います。肋骨は図4の真中の図のように、「谷」をもっています。この「谷」の部分にバーが引掛かりますので、図4の下に示したように、凹んだ状態の胸壁(点線)を持ち上げることができます。

ところが、肋骨の構造は、すべて同じというわけではありません。肋骨の描くカーブには、上部(首に近い方)と下部(足に近い方)で異なっています。

上部の肋骨(第1~第3肋骨)の弯曲は、他の肋骨よりもかなり「なめらか」です。特に第1および第2肋骨は、V字と言うよりも、むしろI字型になっています。このようにI字型になっている肋骨にバーを掛けようとしても、真直ぐに伸ばした指にものを掛けようとするのと同じで、うまく引掛りません

図5 上部の肋骨には、バーが装着しにくい

また、第1肋骨や第2肋骨にバーを引掛けても、胸郭を挙上する効果は十分に得られません(図6)。

図6 上部の肋骨にバーを装着しても、十分な挙上効果は得られない

このような理由で、胸壁の上部にバーを装着しても、この部分はほとんど持ち上がらないのです。ところがTシャツなどを着た時に目立つのは、まさにこの部分なのです。

胸壁の上部にある、第1~第3肋骨を持ち上げるためには、どうすればよいでしょうか?

この問題を解決するために、室長らは新しい手術方法を開発しました。図7のように、持ち上げようと思う骨を離断して、その下にバーを入れる方法です。

図7:室長らの開発したテクニック

この方法は、バーを使って肋骨を下から押し上げます。そこで室長らはこの方法を「押上げ法」と呼んでいます。通常の方法(ナス法)では、バーを用いて骨を曲げて持ち上げます。これに対して「押上げ法」では、骨をバーの下に入れ込んで持ち上げます。

広い範囲を持ち上げる点で、「押上げ法」は、通常の方法に比較して、はるかに効率的です。図8をご覧ください。通常のナス法においては、肋骨のうち、バーによって持ち上げられるのは、ごく内側の部分だけです(図8左)。これに対して、「押上げ法」では、かなり広い範囲がもち上げられます(図8右)。このため、図2の患者さんのように胸壁の上の方が凹んでいても、きれいに治すことができるのです。

図8:▲は、バーを支える支点を示す。楕円形は、バーにより持ち上げられる領域を示す。挙上される領域は、「押上げ法」の方が、通常のナス法に比して広い。すなわち、より広範囲を持ち上げることができる。

こうした理由で「押上げ法」は、広い範囲が凹んでいる症例に対して非常に効果があります。

ただ、患者さんにこの方法について説明すると、「骨を切って大丈夫なのですか?」という質問をよく受けます。「押上げ法」においては図7にお示ししたように骨を切るわけですが、生じる「すき間」がどうなるのかが気になるということでしょう。

この点については心配いりません。骨を切る際には、まず骨の周辺にある膜を外します(図9A)。この膜は「骨膜」と言います。骨を切れば、たしかに一旦は、骨が二つに分断されます(図9B・C)。しかし周辺に骨膜が残っていれば、いったん分断された骨と骨の間に、新しい骨が出来てくるのです(図9D)。

スポーツや事故などで骨を折られたことのある方も、なかにはおいでになるかも知れません。骨折が治るのは、まさにこのしくみなのです。

図9 分断された骨が再生するしくみ

図10 術前の状態

「骨ができる」証拠として、実際の症例をご覧にいれます。図10はある漏斗胸患者さんの術前のCT写真です。右側を中心に、胸壁が陥没しています。

図11は手術を行ったあとの状態です。図7のテクニックを使いました。まず肋骨(右側の第3肋骨)を切り離し、そのあと矯正バーを装着しました。

図11 手術後1週間の状態

2年後に矯正バーを抜去しました。図12は、バーを抜去した後に撮影したCTです。切り離された肋骨が、きれいに癒合(くっつくこと)しているのがお分かりになるでしょう。

図12 2年後に撮影したCT

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