漏斗胸の治療について説明する「胸のかたち」研究室

大人の漏斗胸・女性の漏斗胸の手術をたくさん行っています。

固定よりも設計が重要

以上述べてきたごとく、漏斗胸に対するナス手術―特に成人におけるナス手術―においては、バーに強い後戻り力が作用するために、せっかく手術を行って胸郭を持ち上げても、何週間か経つうちにバーが次第にずれていってしまうことがあります。バーのずれを避けるためにはどうしたら良いかを考えてみましょう。
すぐに思いつくのは「しっかり固定すればよい」という考え方です。なるほどたとえバーに力が加わったとしても、バーが周辺に強く固定されていれば動き得ません。これは非常にわかりやすい発想です。実際、バーが動かないように固定する補助的な操作はほとんどすべての施設において行われています。その方法としては肋骨にワイヤーを用いて固定する方法や、胸骨に糸を用いて固定を行う方法など、施設によって千差万別です。大切なのは、固定を行うことによって周辺の組織を傷めないことです。この点、胸郭に付着している筋肉(前鋸筋)を利用してバーを固定するという方法などもあるようですが、機能の損失が起こりうるのでお勧めできません。この理由については後で述べます。

図1:無理な設計を行うと、強固な固定が必要になる

「しっかりと固定する」ということはなるほど確かに意味のあることではあります。しかし実は、より大切なことがあるのです。一体何でしょうか?それは「なるべくバーに無理がかからないように、バーの位置を決める」ということ、すなわち手術を設計することなのです。この「設計」の重要さを説明します。たとえば、ある「谷」の地形があったとします。その谷の空中に、観測か何かの目的で建物を作る場合を想像してみてください。建物は空中にあるのですから、それを支えるために何かをしなくてはいけません。
このとき横に橋げたを渡して建物を支えたとします。橋げたの端には強い力が加わりますので、非常に強固な固定をしなくてはいけません(図1)。

図2:合理的に設計を行うことで、
無理な固定は必要なくなる

ところが別の支え方をすることを考えてみましょう。もしも建物の下側から建物が支えられるのならば、支える柱の端にはそれほど大きな無理は加わりません。ゆえに、極端に強い固定は必要とされません。

図3:いずれの部位にバーを設置すべきか

このように、工夫してものごとを行えば、「固定」に頼らなくとも力学的な安定性を得ることは可能なのです。すなわち「設計」こそが「固定」よりも重要ということです。
漏斗胸の手術においても、この理屈が成立します。持ち上げた胸郭からバーに対して強い力が作用し、バーにズレを生じようとします。ズレを防ぐために固定を強固に行おうとするよりも、そもそも無理な力が働かないような位置に、バーを設置することがより大切です。
例えば、図3で示したような胸郭に対してバーを装着するにあたって二つのやり方が考えられるとします。ひとつはA-A’にバーを渡す方法、もう一つはB-B’にバーを渡す方法だとします。このいずれにおいてバーの安定性が高いのか、考えてみましょう。

胸郭はバーによって持ち上げられますが、元の凹んだ状態になろうとするので背側に向かって力を及ぼします。B-B’の位置にバーを設置するのならば、バーは端の方で支えられることになります。このような支え方をした場合には、バーが図4のように回転を生じやすくなることは直観的におわかりになるでしょう。この場合には確かに、バーの端を強く固定することが必要でしょう。

図4:バーの位置が不適切な場合には、強固な固定が必要

では次にA-A’にバーを設置する場合を考えてみましょう(図5)。この場合には弯曲部分の近くでバーが支えられていますから、少々強い力を受けてもバーは回転しません。このような場合には、固定はほとんど必要ありません。

図5:バーを正しい位置に設置すれば、強固な固定は不要である

もちろんこれはうんと単純化した話で、実際にバーを設置する位置を決めるにあたっては、他にいろいろな要素を考慮しなくてはいけませんので、もっと複雑です。しかし、バーを装着する位置に工夫を加えることで、要求される「固定」の強度が変化しうるということはご理解いただけることと思います。つまり「固定」が至上の命題ではなくて、「設計」こそ、手術を行うにあたっては重要なのです。

実際に「どの位置にバーを設置すると、無理な力が作用しないですむのか」は患者さんに応じて大きく異なります。個々の患者さんにおいて凹みの程度、凹みの部位、骨の強度が異なるからです。これを決定するために、香川大学病院では独自の技術を開発しています(香川大学で行っているオーダーメイド治療

▲ページトップへ移動