漏斗胸の治療について説明する「胸のかたち」研究室

大人の漏斗胸・女性の漏斗胸の手術をたくさん行っています。

きれいに皮膚を縫うコツ

目立つキズアトを残さないためには

漏斗胸の手術の手術を行うにあたっては、胸部の皮膚に切開を加えざるを得ません。ナス法を行うのならば、矯正のためのバーを挿入しなくてはいけません。この操作は皮膚を切開するためには不可欠です。また、ラビッチ法など胸骨を持ち上げる方法を用いる場合には、胸骨や肋骨を切らなくてはいけません。このためには、骨を露出しなくてはいけませんから、やはり皮膚を切開する必要があります。

当たり前のことですが、切開した皮膚はふたたび縫い合わせなくてはいけません。
形成外科医が漏斗胸の手術を行う場合、縫い合わせた皮膚が目立つキズにならないように、細心の注意を払います。

キズを目立たせないためには、縫い方にいろいろとコツがあります。
このページではそうしたコツのうち、最も重要なことについて説明します。
漏斗胸の手術を受けるかどうか検討されておられる患者さんはもとより、小児外科や呼吸器外科の先生方にも、ぜひお読みいただきたいと思います。

まず、私が「キズアトをきれいに」とやかましく言うのはなぜかにつき、説明します。

図1:漏斗胸の手術後にできた、さまざまなキズアト

 まず図1をご覧になってください。他の施設で漏斗胸の治療をお受けになったあと、さらにいろいろ治してほしいところが出てきて、香川大学病院を受診された3人の患者さんの写真です。右端の方のキズアトはそれほど目立ちませんが、左の二人の患者さんでは、いわゆる「ミミズ腫れ」になってしまっています。

このような「ミミズ腫れ」になる理由はいろいろあります。
このページの後半でその一つについて説明しますが、先ずさておき、形成外科医として、読者の皆様にお知りいただきたいことは、形成外科ではキズアトをきれいにするために、独自の技術を駆使しているということです。

例えば図2をご覧になってください。外科で腸の手術を行った患者さんですが、体質的な問題もあって非常に目立つキズアトが出来てしまいました(図左

このキズアトを苦にして形成外科を受診されましたので、形成外科のテクニックを用いてキズアトを縫い直し(中央)、きれいな状態にすることができました(図右)。

図2:キズアトをきれいにすることを目的に行った手術(その1)

こうしたことができるのは、形成外科が皮膚を縫うための独特の技術を持っているからです。図3で示すように形成外科の医師が皮膚を縫う場合には、皮膚の表面を縫うよりも、むしろ皮膚の内側を縫うことに力をいれます。要点をいうと、少し傷を盛り上げるように縫合すると、術後に創に張力が加わっても、キズアトの幅が広くならないのです(詳しくはこちら

図3:形成外科が行う、皮膚の縫合法

このような、キズを美しく縫い上げるテクニックを使って縫い直しを行えば、術前はかなり目立つ傷であっても、それほど目立たないように仕上げることができます。図4および図5にこうした治療の例を示します。

図4は、交通事故で額に生じてしまった、縦方向のキズアトを、修正手術により目立ちにくくした症例です。

図4:交通事故により生じた額の創を、手術により修正した

図5は交通事故により足に生じてしまったキズアトを、やはり手術によって修正し、目立ちにくくした症例です。

図5:交通事故により下腿に生じた「みみず腫れ」を、
縫い方の工夫を行うことにより目立ちにくく、縫い直しました

このように形成外科においては、「キズアトを目立ちにくくする」ことを目的とする治療も日常的に行っています。そこで漏斗胸の手術を行うに当たっても、この技術を当然、活用します。

本ページでご紹介するテクニックは、キズアトをきれいにするためのテクニックのひとつです。これから漏斗胸の手術を行おうとする若い先生や、すでに漏斗胸の手術に取り組まれている小児外科や呼吸器外科の先生方にも、ぜひお読みになっていただきたいところです。

まず、なぜ往々にして、漏斗胸の手術のあとに図1左図1右でお示ししたような、目立つキズアトができるのか、その原因をズバリ指摘させていただきます。

図6をごらんになってください。実際に室長が執刀した症例です。かなり非対称性の強い、女性の患者さんでした。この患者さんに対しては、一部の肋骨を離段し、3本の矯正バーを装着する手術を行いました。これらの手術操作を行うために左右の側胸部に1箇所ずつ、長さ4センチの皮膚切開をおいています。

皮膚切開をおいた部分を拡大したのが図右の写真です。横に走っている長い1本の線と、これに直行している5本の短い線が描いてあります。
横に走る長い線に沿って皮膚切開を行います。

図6:術前に切開する部分をマーキングしたところ

図7:手術は小さな切開から行うので、
切開した皮膚を広げる必要がある

皮膚を切開したあと、骨を切ったり、バーを装着したり、固定したりする操作を続けて行います。これらの手術操作は皮膚を切開して生じた「窓」から行います。少しでもキズを短くしようという配慮から、切開する長さは最小限にしています。この小さな「窓」から、すべての手術操作を行います。胸郭のあらゆる部分を覗きながら操作を行わなくてはいけませんので、図7のように器具を使って窓を広げつつ、手術操作を進めます。

骨の離断ならびにバーの装着が終了したら、いよいよ閉創(へいそう)に入ります。閉創とは、切開した皮膚を縫合することです。

肝心なのはこれからお話する点です。いざ縫おうと思って皮膚を寄せた時に、単純に寄せ合わせるだけだと、必ず間違った状態で寄せられてしまうのです。

図8:手術操作終了後に皮膚を寄せたところ

図8は、そのように、間違って皮膚が寄せられてしまっている状態を示しています。

なぜこのような「ずれ」が生じるかというと、図7のような手術操作を行う段階で、皮膚の伸展性のバランスが変化するからです。施設によって、皮膚切開をどこに置くかは全く異なります。操作がやりやすいので、乳頭の下に切開を置くやり方もありますが、男性の患者さんではキズアトがかなり目立ってしまいます。のこのため香川大学病院では、なるべく体の外側に切開を置くようにしています。

ところがそうすると、胸郭の中央部付近に対して操作を行うためには、皮膚を切開することによって得られた「窓」を、なるべく内側に引き寄せなくてはいけません。図7で、上の方に写っている金属製の器具は「筋鉤(きんこう)」と言って、こうした引き寄せを行うための手術機械です。こうした手術機械を用いて皮膚を、手術操作の状況に応じて、あちらの方向、こちらの方向というふうに引き寄せるわけです。先ほども述べましたが、私たちは、キズアトが出来るだけ目立たないようにするために、なるべく胸の外側に切開をおいています。したがって手術操作を行うにあたっては、どうしても、皮膚を前の方に引き寄せる必要性が高くなります。このため、同じく切開周辺の皮膚でも、前の方は筋鉤によってやや強く引かれますが、後ろの方はあまり引っ張られないということになります。手術操作を行っている時間は1~2時間くらいはかかります。この間に皮膚の「柔らかさ」には局所的な相違が発生します。図8のような「ずれ」の現象が生じるのは、これが原因です。

こうした、「手術中の操作に起因する皮膚のずれ」については、外科医であればすぐに理解が出来るでしょう。ですが、本ページの読者の多くはおそらく、医療とは関係の無い職業についておられる、一般の患者さんだと思います。そこで、よりわかりやすく説明を追加します。図9で、MとM'は、同じ皮膚の切開線で相向かう点です。切開を行う前にはこれらの2点は、一致しています(図左)。しかし、2~3時間かけて手術を行ったあとに、切開した皮膚を作為なく寄せ合わせてみると、両者の位置は一致しません。

図9:切開の前に対応していた点は(左図のMとM')は、手術が終了する段階ではずれてしまう

この「ずれ」の現象は、切開線の全長に起こります。たとえば図10で、NとN'は、皮膚を切開する前に一致していますが、手術が終了する段階になると、ずれてしまいます。念のためにお断りしておきますが、図9図10では、素直に切開した皮膚を合せようとしているのであって、意図的にずらしているのではありません。

図10:切開の段階で一致していた創の両縁は、手術が終了する段階になると、ずれてしまう

図11:「ずれ」の現象の模式図

上記の内容について、模式図を用いて繰り返します。すでに理解されている方は、読み飛ばして結構です。
皮膚を切開すると、傷は開きます(図11)。切開したばかりの状態では、もともと一致していた点(青い点と緑の点)は相向かっています。

図12:術中の手術操作により、
皮膚の状態は変化する

しかし手術操作の過程で(いろいろと術野を展開するために)創縁を引っ張りますので、手術を終了するころになると、図12のように、もともと対応していた点の位置がずれます。
この「ずれ」が生じますので、創をそのまま寄せ合わせると、もともと対応していた部分同士が向き合わなくなります。

図13:手術操作後に創縁を寄せると、
「ずれ」が生じる

ところが多くの施設においては、この状態のまま、なにも手を加えることなく傷を縫い合わせます。そうすると、もともとは対応していなかった部分同士が併せられることになります。結果として当然、皮膚は美しく治りません。図1でお示ししたように、キズアトが目立ってしまうことがあるのは、これがひとつの大きな原因です。

図14:手術操作の終了後、創縁を寄せると「ずれ」が必ず生じる

「正しい状態にキズを合わせ直して縫う」以外に方法はありません。図6で皮膚をしてきましたが、本来このマーキングは、本稿における説明に使うために行ったのではありません。皮膚を正しい位置に戻すための目印として、香川大学病院形成外科では、すべての漏斗胸手術でこのマーキングを行っています。手術の前にマーキングを行って対応する点を決めておけば手術が終わったときに、図16に示すように、正しい状態に皮膚を合わせ直すことができます。この上で、図17で示すようにていねいに皮膚を縫い直せば、キズを目立たなくさせることができます。

ちなみにマーキングを行うためのインクは普通のインクではなく、ピオクタニンという、色つきの消毒薬を使っています。ピオクタニンは数週間経つと消えてしまいますので問題はありませんが、もしも普通のインクをマーキングに使えば、刺青として残ってしまいます。ご自分もこの方法を取り入れようと思って本稿を読んでいただいて折られる外科医の方々は、この点に気をつけてください。

図16:縫合を行う前には、皮膚の「ずれ」を修正する必要がある

図17:「ずれ」を戻して正しく皮膚を縫合した状態

少しくどくなりますが、最後に要点をまとめます。
漏斗胸の手術では、皮膚を切開します。切開した直後は、創の両縁は正しい位置に相向かっています。しかし手術操作を行う中で、両縁には「ずれ」が生じます(図18)。このため、ただなんとなく皮膚を寄せ合わせて縫合を行うと、キズはきれいに治りません。それゆえ、切開を行う前に皮膚にマーキングを行うなどの工夫をして、あるべき位置に皮膚を正してから、縫合する必要があるということです。こうしたテクニックは形成外科医にとっては常識ですが、小児外科医や一般の外科医の先生がたは必ずしもご存知ではないので、ぜひとも取り入れていただきたいところです(図19)。

図18:話のまとめ1:漏斗胸の手術操作を行うと、その過程で皮膚には必ず「ずれ」が生じる

図19:図18が原因で生じた皮膚の「ずれ」は、修正して縫合するのがキズアトを美しく直すコツである

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