漏斗胸の治療について説明する「胸のかたち」研究室

大人の漏斗胸・女性の漏斗胸の手術をたくさん行っています。

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漏斗胸とは

漏斗胸とは胸郭の一部が陥没している疾患です(図1)。乳児期にすでに陥没が認められる方もいれば、乳児期にはさほど凹みが目立たなかったのに、幼児期に至って凹みが目立つようになってきた方もおり、発症のしかたには個人差が見られます。

図1:典型的な漏斗胸の所見

図2:胸壁が心臓を圧迫する

【症状】

胸壁が肺および心臓を圧迫するために、心肺機能が低下します(図2)。陥没の程度にもよりますが、たとえば肺活量は10~20パーセント低下します。このため、サッカーやマラソンなどの有酸素運動を行うと、すぐに息切れがするなどの症状があります。心臓が胸壁に圧迫されているために、胸痛を訴える患者さんも多くおいでになります。手術を行い、正しい位置に胸壁を戻すことで、これらの症状はかなり改善します。

【頻度】

以前は1000人に1人と言われていましたが、最近では200ないし300人に1人と考えられています。これは急に患者の数が増えたというわけではありません。近年の治療法水準の進歩によるものと考えられます。
20世期まで漏斗胸の手術は必ずしも安全なものとは言えず、また手術の結果も必ずしも好ましいものではありませんでした。ゆえに漏斗胸で人知れず悩んでいても、いざ治療を受けるとなると二の足を踏む患者さんが多くおいでになりました。
しかし最近では、従来に比してずいぶんと小さなリスクと身体負担で、良好な結果が出せるようになっています。このため病院を受診して治療を求める行動を起こす患者さんの割合が増えてきたことが、見かけ上の頻度の増加の原因なのでしょう。インターネットによる情報収集がやり易くなったことも、ひとつの理由かもしれません。

【原因】

胸郭の解剖の基礎:

漏斗胸の原因を紹介する前に、まずは胸郭の解剖について簡単に説明しておきます。胸の骨は一般的に「あばら」と言われ、画一的に骨でできているように考えられています。しかし実際にはそうではなくて、固い「骨」の部分と軟らかい「軟骨」の部分があります(図3)。

図3:胸郭の構造

さらに骨の部分は、胸郭の正中にある胸骨・背骨を構成する脊椎・胸郭の側方を構成する肋骨に分割されます。胸骨と肋骨の間は、肋軟骨という軟骨によって構成されています。漏斗胸においては胸郭の正中部が陥没していますが、その原因は肋軟骨と胸骨が変形しているためです。

【漏斗胸の生じる理由】

漏斗胸はあたかも一つの疾患のようにみなされており、筆者(永竿)も患者さんに説明する時には「漏斗胸の治療は…」と一般化した言い方をいたします。しかし厳密にいうと漏斗胸はそもそも一つの症候であり、それ自体が独立した病気というわけではありません。例えば「高血圧」というのはひとつの症候ではありますが、病気そのものの名前ではありません。動脈の硬化が生じても血圧は高くなりますし、腎臓が悪くても血圧が高くなります。同様に、肋軟骨の長さが長くなりすぎても胸郭は陥没しますし、マルファン症候群という身体の結合組織が先天的に脆い遺伝性の疾患においても、肋軟骨が柔らかすぎるがゆえに、成長に伴って胸腔が変形していきます。このように、いわゆる「漏斗胸」が生じる理由には決まったものがあるわけではありません。しかしいくつかの仮説は提唱されていますので、代表的なものを紹介します。

肋軟骨・肋骨過成長説:
肋軟骨および肋骨が成長しすぎて、内向きに成長してゆく結果、胸郭が陥没すると考える説です。以前は漏斗胸の生じる主たる原因と認識されていましたが、近年では疑問視されています。

肋軟骨脆弱(ぜいじゃく)説:
肺を膨らませておく必要上、胸腔の内部は-3ないし-10cmH2Oの陰圧に保たれています。すなわち図に示すように、肋軟骨を内側に引き込もうとする力が常に作用しています。だれでも肋軟骨は小児期には軟らかいものですが、やわらかさの程度が過ぎると胸腔内の陰圧に次第に引き込まれて行ってしまい、陥没してゆきます。この結果として漏斗胸が生じると説明する仮説です。マルファン症候群など、結合組織が先天的に軟らかい患者さんで漏斗胸の発症が多くみられることから、この仮説が提唱されるようになりました。

図4:肋軟骨脆弱説。陰圧を受けて胸郭が陥没してゆく

胸筋機能不全説
筆者が初めて提唱している仮説で、大胸筋の発育不全が原因で胸郭が次第に陥没してゆくと考えるものです。筆者は成人男性の漏斗胸の治療を数多く手掛けてきましたが、患者さんの胸壁を観察すると、大胸筋の発育が悪いことが多いことに気がつきました(図5)。この発見からこの仮説を提唱するに至りました。

図5:漏斗胸には大胸筋の低形成が随伴することが多い

それでは、大胸筋の低形成がなぜ漏斗胸の発生につながるのでしょうか?図4に示すように胸郭の陰圧は胸壁を陥没させようとしますが、通常の人では漏斗胸は生じません。これは大胸筋の作用が、胸郭を凹ませようとする作用に拮抗しているからです。ところが漏斗胸の患者さんでは大胸筋があまり発達していないので、この胸郭の「吊り上げ」作用が効かずに、だんだんと胸壁が落ち込んで行ってしまいます。この仮説は国際的な認可を得て、Medical Hypothesesという学術誌において発表されました(図7)。

図6:大胸筋が正常に作用すれば、胸壁は挙上される

図7:国際誌に発表された仮説

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