漏斗胸の治療について説明する「胸のかたち」研究室

大人の漏斗胸・女性の漏斗胸の手術をたくさん行っています。

痛いの?痛くないの?―知れば怖くない、痛みの原因

【漏斗胸の手術は痛いのか】

「漏斗胸の治療は痛いの」という質問をしばしば耳にします。
漏斗胸の患者さんのネットへの書き込みをみると「漏斗胸の手術を受けたいのだが、痛みが心配」とか「痛みが怖いから漏斗胸の手術を受けるのをやめた」などといった内容が目につきます。
人間だれしも、痛いのは嫌なものです。しかし、実際のところはどうなのでしょうか?手術を経験された患者さんの書き込みを見ると、「漏斗胸の手術を受けたが、術後の痛みに悩まされた」という内容や、「まったく痛くなかった」という内容が書き込まれています。これらは、いずれも真実なのです。
「痛くもあり、痛くもない」とはまるで禅問答のようですね。痛みというものは主観的なものです。ゆえに人によって感じ方は大きく異なり、同じ手術を受けても痛がる人と、全く痛がらない人がいます。といってしまうと身も蓋もありませんから、専門家としての立場から客観的な事実をお教えしましょう。結論から先に言うと、「ナス手術の向く患者さんと、向かない患者さんがいる」ということです。こうした適性の差を無視して、「なにがなんでもナス手術」とすべての患者さんでナス手術を行ってしまうから、こうしたばらつきが出るのです。

この欄ではこのことについて説明しますが、その前にまずお断りしておきましょう。手術の最中には麻酔がかかっているために、痛みを感じることはありません。ただし胸の骨や軟骨に対して手術操作を加えるわけですから、手術が終わったあとに違和感をもつ患者さんもおいでになります。ただしその感覚は、一般的に想像されるような「切られる」痛みではなく、胸に石がのっているような違和感です。ですから、「痛み」という言葉は、本当をいうとあまり適当ではないかもしれません。こうした定義での「痛み」は手術が終わってから2~3日間は大なり小なり生じます。

【小児と成人では状況が異なる】

図1:小児と成人の構造の相違

香川大学形成外科においては、成人の患者さんに対して手術を行うにあたっては、痛みが生じないように、かなりの注意を払って術後管理を行っています。この理由は、年齢が高いほど痛みが生じるリスクが増えるからです。小児と成人の胸郭の構造は異なっています。図1に示すように、小児においては胸骨(きょうこつ:胸部の正中に上下に向かって存在する骨)はいくつかの部分に分かれていますが(「分節状」といいます)、成人の胸骨は癒合して1枚になっています。また胸骨と肋骨の間に存在する肋軟骨も、小児では軟らかいですが、年齢を重ねるにしたがって硬くなってきます。いうなれば小児の胸郭は「竹」に、成人の胸郭は「木」に例えられます。こうした胸郭の構造の差異が、術後の痛みに影響します。

図2:肋軟骨が硬いと痛みが出やすい。

漏斗胸の手術においては、胸郭の凹んでいる部分を下から押し上げて治します。つまり、もともとは曲がった形をしている肋軟骨に力を加えて、その形を変えるわけです。肋軟骨も身体の一部ですから神経が通っています。このため、人によっては痛みが出るのです。前述したように成人の方が小児よりも肋軟骨が硬いため、痛みが出やすいのです。竹を曲げるのは簡単ですが、木を曲げるのは難しいのと同じ理屈です。

図3:胸骨の構造は痛みに影響する

胸骨(きょうこつ)の構造の相違も痛みに影響します。小児の胸骨はいくつかの部分が合わさって出来ていますので、下から力を加えると容易に押し上げることができます。これに対して成人の胸骨は硬くなっていますので、押上げようとすると無理が生じます(図3)。つまりここでも、「竹」と「木」の性質の相違が影響するのです。

ここまで読んでいただければ、漏斗胸の手術ではなぜ痛みが生じうるのかということと、成人においては痛みの管理が重要な理由が良くお分かりになっていただけたと思います。

【無痛の治療を目指して】

これまで日本においては、「漏斗胸の手術をいかに安全に行うか」ということにはかなりの心血が注がれてきたのですが、「いかに痛みが少ない治療を行うか」に関しては、あまり本格的に医師の間で論じられることは少なかったように思えます。
漏斗胸の治療を行っている施設は数多くありますが、そうした施設のサイトをご覧になってみてください。施設で行っている症例の数や、ナス法がいかに素晴らしい方法かという説明は細かくされています。しかし本サイトのように、なぜ漏斗胸の治療後に痛みが生じうるのかについて、根本的な理由を説明しているサイトはほとんどありません。このことは、「痛みをいかに少なくするか」という問題意識が、治療する側にまだ不足しているためではないでしょうか。
筆者は痛みの少ない、もしくは無痛の治療の重要性をかなり前より提唱し続けてきました。筆者がこのために行ってきた研究についてはこちらをご覧ください(学会活動実績紹介)。また、香川大学において特別に行っている、痛み対策については、こちらをご覧ください(香川大学のOnly One’s » 万全な「痛み」対策

▲ページトップへ移動