漏斗胸の治療について説明する「胸のかたち」研究室

大人の漏斗胸・女性の漏斗胸の手術をたくさん行っています。

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意外と知らないナス法の利点

漏斗胸に対する治療法の原理は、基本的に3つあります。ナス法と、肋軟骨組み換え法、そして胸骨反転法です。胸骨反転法は現在ではほとんど行われなくなってしまいました。現在用いられている方法は、ナス法と肋軟骨組み換え法です(漏斗胸手術の歴史 » ナス法以後の手術)。肋軟骨組み換え法の基本原理は1949年に、米国の医師であるラビッチ氏により報告されました。香川大学病院においては、小児を中心とする胸郭の軟らかい症例に対しては、多くの場合ナス法を採用します。また、成人である程度胸郭の硬化が進んだ症例に対しては、肋軟骨操作法とナス法を組み合わせた手術法を、患者の胸郭の特性に合わせて採用しています。なぜこのように使い分けをするのかに関しては(別ページ)をご覧ください。香川大学病院のように複数の術式を組み合わせる施設は、もちろん他にもあります。しかし施設においては、ナス法のみ、もしくは肋軟骨組み換え法のみに特化している施設も多いようです。

漏斗胸の治療が、肋軟骨組み換え法からナス法に「進化」してきた過程については、別ページ(漏斗胸手術の歴史 » ナス法以前の手術)で説明しました。その説明の中で、肋軟骨組み換え法に比較したナス法の利点について触れました。一方で、ナス法の欠点についても別のページ(かしこく治療を受ける必修知識)で説明しています。そこで、ここでは「あまり語られないナス法の利点」について説明します。読者のみなさんが病院を選ぶ上で、大きな参考になるはずです。

【凹みを修正するのみでは不十分】

今更ながらですが、漏斗胸の胸郭における最大の特徴は「凹んでいる」ということです。そこで凹んだ部分をいかにして持ち上げるかということに、関心が集中します。患者さんはもちろんのこと、治療を行う医師の側にも「凹みが治ればそれで問題は解決」という認識を持たれている方が多いようです。しかし、本当の意味で美しい胸郭を作ろうと思うなら、凹みを治すだけでは、実は不十分なのです。漏斗胸の胸郭における形態上の問題点は、「凹み」だけではないからです。

【漏斗胸患者の胸郭は扁平である】

それでは凹みのほかに何が問題になってくるのでしょうか?それは胸郭全体の「扁平さ」です。図1は、通常の胸郭と扁平な胸郭の対比を表したものです。通常の胸郭は、横幅に対する前後径が比較的大きく、それなりの厚みを持っています。男性においてはこの厚みが特に重要です。いわゆる「胸板」の逞しさに大きく影響するからです。これに対し、右側の胸郭では、横幅に対する厚みが不足しています。このような胸郭を、扁平な胸郭と表現します。

図1:通常の胸郭と扁平な胸郭

【肋軟骨操作法では、胸郭の扁平性は治せない】

大部分の漏斗胸患者さんにおいては、こうした意味で胸郭が「扁平」です。つまり、胸板の幅が広く、厚さが薄くなっています。なぜこのような傾向が生じるのでしょうか?筆者は以下のように仮説を立てています。胸郭の前部が陥没してくると、その分だけ肺と心臓の存在できるスペースが小さくなります。しかし、これらは生命維持のためには不可欠な器官です。ゆえに身体としては狭められた空間を少しでも広げようとして、代償的な成長の仕方をするはずです。このため横に向かって成長してゆきます。つまり、陥没によって前後方向には圧迫を受けるため、代償的に横方向に向かって成長してゆく、ということです。
このように漏斗胸の患者さんにおいては凹み以外にも、胸郭全体の輪郭にも本当は問題がある場合がほとんどです。ところが不思議なことに、今まではこの点はあまり指摘されたことがありませんでした。おそらく、漏斗胸においては凹みの印象が大変に強いので、その部分にどうしても目が行ってしまい、胸郭の輪郭そのものに目を向ける余裕が、患者さんと医師の双方になかったためなのでしょう。もっともこの、胸郭の扁平性に関する概念については、筆者および、漏斗胸の大家である長野県立こども病院の野口昌彦先生が学会で指摘をしていますので、最近は次第に注意が向けられるようになってきてはいます。

扁平で薄い傾向にある胸郭に対して、肋軟骨の組み換えを行う方法で手術を行うと、どのようなことが起こるでしょうか?図2に示したように、凹んだ部分については、とりあえず持ち上げることができます。しかし、「凹みが治る」という局所的な問題については解決するものの、胸郭全体の扁平さに関しては修正がされません。この点は、胸部にやや大きな切開が必要であるという点と並ぶ、肋軟骨組み換え法の欠点です。

図2:肋軟骨組み換え法では胸郭の扁平さは改善しない

【ナス法には、胸郭の輪郭を修正する効果がある】

この一方でナス法には、胸郭の扁平さをある程度改善する効果があります。ナス法においては凹んだ部分を持ち上げるために金属バーが胸壁に設置されます。この矯正バーは、胸郭に対して2種類の力を及ぼします(図3)。第一の力は、胸壁を押し上げようとする力です。この力は胸壁の正中部に対して働きます。第二の力は、外側から内側に向かう力です。これは胸郭の左右に作用します。これら二つの力を持続的に受けることによって、もともと扁平であった胸郭の形は少しずつ変化してゆきます。まず、正中部に作用している挙上力によって、胸郭の厚みはだんだんと増してゆきます。また左右から内側に向かう力を受ける結果、胸郭の幅は次第に小さくなってゆきます。つまり厚みが増える一方で、横幅は減ってゆきますから、もともと扁平であった胸郭が次第に立体的になるのです。この、胸郭の厚みを増やすことができるという点は、ナス法の利点であると言えます。

図3:ナス法においては胸郭の輪郭が次第に改善する

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