漏斗胸の治療について説明する「胸のかたち」研究室

大人の漏斗胸・女性の漏斗胸の手術をたくさん行っています。

病院を見分けるポイント―良い病院をえらぶには

患者さんの年齢及び性に応じて、「良い病院」は異なる

室長(永竿)が漏斗胸の治療について講演を行うと、「先生の病院で治療を受けたいのですが、なかなか香川県に行くのは大変です。私の家の近くで良い病院があれば、教えていただけませんか」という質問をしばしば受けます。

ところが、なかなかこの質問には答えにくいのです。というのは、患者さんごとに胸の形は異なりますし、治療に求める内容もかなり異なるからです。そこで、おのおのの患者さんの状況を可能な限り把握して、できる範囲でお答えをすることになります。

例えば、胸郭の真ん中だけが陥没している小学生男子の場合には、普通のナス手術を行えば形は良くなります。つまり治す側から言えば、治療が簡単なのです。そこでこのような患者さんには、「お近くの病院にお尋ねして、漏斗胸の治療をやっていると言えば、その病院で治療をお受けになるのが良いでしょう」とお答えします。

これに対し、同じ小学生でも女の子の患者さんの場合には話ががらりと変わって来ます。というのは女の子の場合には、不用意に皮膚の切開を行うと、あとになって乳房の形にひずみが出る場合があるからです(詳しくはこちら)。傷をきれいに縫う技術と、乳房の形を予測する技術を兼ね備えた医師は少ないので、どの外科医をお勧めするかの選択肢はかなり小さくなります(そのぶん、紹介する側としては迷わなくて済むのですが)。

20代以後の成人女性となると、ますます治療の難度は上がります。というのは胸郭の形と同程度に乳房の形にも配慮しなくてはいけない(詳しくはこちら)からです。さらに、肋軟骨が成長して硬くなっているので、術後の痛みを抑えるための工夫も必要です。こうした技術をかねそなえている術者は、日本国内ではきわめて少数です。

このように、胸郭形成のプロフェッショナルの立場から見ると、「一口に良い病院を教えてくださいと言われてもむつかしい」というのが本音です。

人が何に力点を置いてものを求めるかは、その人の持つ時間や経済的余裕、人生観に応じて大きく異なります。卑近な例になりますが、たとえば週末に何を食べようかを決めるのとて、街角のお蕎麦屋さんに行く人もいれば、高級フレンチを食べようという人まで様々でしょう。

それと同じことで。漏斗胸の患者さんが治療を求める場合にも、受診に便利だから家の近くの病院が良い、と考える方もいれば、少し離れていても技術の高い病院で治療を受けたい、という方まで幅広くおいでになります。

室長自身のスタンスとしては、なるべく後者の患者さんを治療させていただきたいと考えています。ですが本サイトの目的は、必ずしも室長の志向とは関係なく、広く日本国内の漏斗胸患者さんたちに治療の真実を伝えることです。そこであえて、最大公約数的なチェックポイントを作ってみました。以下に説明します。最初に箇条書きで条件を挙げ、そのあと詳しい説明をします。

1.施設面についてのチェックポイント

① 常勤の麻酔科チームを有すこと

まず、手術をお受けになる病院に、常勤の麻酔科医がいるか否か確認しましょう。漏斗胸の手術はかなり大がかりな手術です。麻酔科医師がしっかりと術後の管理を行うか否かで、回復するスピードには雲泥の差が出ます。病院によっては手術の際だけ麻酔科医師が麻酔をかけ、その他の日は不在、という非常勤形式をとっていることがあります。こうした病院で治療を受けるのはお勧めできません。きめ細かく管理をしなければ、患者さんは手術後に痛みに悩まされることになるからです。

例えば、手術に先立ち麻酔科医者さんの腰部から脊髄の付近に、径2-3ミリのチューブを挿入します。このチューブは硬膜外チューブといいます。手術中は気体の麻酔薬を吸入させるとともに、硬膜外チューブからも麻酔薬を注入することにより、患者さんが痛みを感じないようにします。硬膜外チューブは手術が終了してからも数日間抜かずにおき、局所麻酔薬を持続的に脊椎の周りに注入します。この方法は術後の痛みを管理する上で非常に有用です。

しかし麻酔薬には副作用があります。不用意に用いると血圧が下がったり、呼吸に影響が出たりします。ゆえに患者さんの容態を見ながら、濃度や内容を注意深く変える必要があります。

このため手術が終わってからも数日間は、麻酔医による回診と、それによる患者さんの容態の把握が必要です。麻酔科の医師が非常勤、もしくは一人だけしかいない場合には、こうしたきめ細かい管理は難しいので、こうした病院で漏斗胸の手術をお受けになるのはお勧めできません。今ではどの病院もホームページを開設していて、勤務している医師の専門とする科や人数も公開されていますから、麻酔科の常勤医師がいるか否か、受診される前に確認するのがよいでしょう。

② なるべく公立の病院が勧められる

漏斗胸の手術で良い結果を出すためには、それなりに手間がかかるものですが、手間だけではなく手術で使う消耗品も多くなります。たとえば私たちは、切開した部分の皮膚が手術中に痛まないように、ウーンドリトラクターという特殊な器具を使います(詳細についてはこちら)。こうした器具は消耗品ですが、請求する医療費に加算はできないことになっています。つまり、病院側の「持ち出し」になるわけです。

国立病院や県立・市立病院は国民や市民のために良い医療を提供するのが基本的な使命とされています。ゆえにこうした「持ち出し」があっても許容されます。しかし私立の病院は基本的に、「利益を上げること」を基本的な目的としています。ゆえに手術で使う材料にもコストカットが要求され、よい材料であったとしても自由に使うことはできません。ウーンドリトラクター(この器具は1個5000円程度と高額です)のような特殊な器具のみならず、縫合に使う糸や、骨を切るための鋸の歯なども、あまり値段が高いものは使えません。

室長はかつて私立の大学病院に勤務しておりましたが、国立の大学病院に転籍しました。その理由の一つは、やはり公的な病院でないと、外科医として納得できる漏斗胸の治療を行えないと考えたからです。室長の意見に賛同しない方も多々おられると思いますので、読者の皆様が、世間の常識に照らしてご判断ください。

2.執刀する医師についてのチェックポイント

① 執刀経験数

最低でも100例は漏斗胸手術の手術経験が無いと、良い治療はできないでしょう。この点、執刀する医師にはっきりと何例くらいの執刀経験があるかを確認するとよいでしょう。

ただ矛盾するようですが、術者の腕は必ずしも執刀した経験数に比例するとは限りません。というのは、例えば同じく100例の患者さんを手術したと言っても、ひとつひとつの症例を丁寧に行う医師もいれば、流れ作業的に同じ手技を反復する医師もいるからです。一定の症例数を手術した経験があるというのは、あくまでも最低条件であり、試験でいうならば「足きり」の基準であると考えてください。

② 年齢・異動など

多くの患者さんがこの点を見落としているのですが、漏斗胸の手術というのは1回の治療を行えば完結するものではなく、手術終了後も5年間程度のフォローが必要なのです。 

例えば小学校の中学年で手術を受けた場合、いったんは胸の形がよくなっても、思春期に胸郭の陥没が再発する場合があります。そうした場合には、再度、手術を行う必要があるかもしれません。

また、成人の方が手術をお受けになった場合、特にナス法で手術を行った場合には、バーを抜去してから2~3年で緩徐に再発することがあります。このような事態が往々にして起こるので、漏斗胸の治療においては手術が終了しても、最低5年先くらいまではフォローできる体制が必要なのです。

もっとも、術後5年間のフォローが必要と言っても、毎年の受診が必要というわけではありません。筆者の場合、手術が終了してから1か月・3か月・1年後・2年後にフォローを行い、2年後のフォローの段階で問題がなければそこで診察を終了にしています。肝心なのは、「もしも問題が生じた場合、それに対応ができる」という体制です。

これは当たり前のように思えますが、現実問題としてこの体制をとることができる施設はきわめて限られています。たとえば大きな公立病院で働いている若手の医師は、所属する大学組織の人事により2~3年で異動を繰り返す場合が多く、5年間という長期間のフォローは行えません。

逆に年配の医師の場合には、数年後に定年退職する可能性があります。仮に定年退職後に働くとしても、外科手術を行う体力は残っているでしょうか。

患者さんと同様に、医師も齢を重ねるということを忘れてはいけません。

③ 理論的に疑問に答えられるか

漏斗胸の主な手術法にはナス法・ラビッチ法・一期法(いわゆるSCE法)があります。筆者は患者さんの胸郭の形態をCT画像で観察し、その性質に応じた手術法を選択しています。一つの手術法に固執してはいません。しかしナス法ならナス法のみ、ラビッチ法ならラビッチ法と自身の行う手術法を決めてしまっている外科医はたくさんいます。というより、半数以上の外科医が、同一の手術法をすべての患者に対して用いているのが現状です。 

ところが大人と子供では手術のやり方を変えるべきです(くわしくはこちら)。また、仮に同じ方法を用いるとしても、おのおのの患者さんの胸郭の特徴を把握した上で、場合によっては骨を切ったり(詳しくはこちら)、肋軟骨に割を入れたりする操作(詳しくはこちら)を加えなくては良い結果は出せません。

おのおのの患者さんの特徴を考えて治療を行っているか否かは、医師と話してみると、ある程度わかるはずです。

たとえば、「あなたは漏斗胸です。程度は中程度です。だから手術します。私は漏斗胸の治療を何年やっています」というよう説明と、「あなたの胸郭は非対称になっていて、かなり肋軟骨の長さが短くなっています。ゆえにナス法よりもラビッチ変法のほうが適しているでしょう」という説明を受けたとします。前者は総論的・外形的なことしか叙述していません。これに対して後者は、「あなたの」胸郭についての説明をしています。どちらの医師がより良い結果を出すことができるか。あなたご自身がご判断ください。

④ 乳房の手術経験があるか(女性の場合)

乳房の整容的手術も日常的に行っている医師でないと、成人女性の漏斗胸治療においてよい結果を出すのは難しいと室長は考えています。乳房の整容的手術というのは、乳がんを切除した後の乳房の作り直し(詳しくはこちら)・先天的に変形している乳房を治す手術(詳しくはこちら)・正常な乳房を大きくする手術などです。

乳房の手術の素養が成人女性の漏斗胸を治療する上で不可欠な理由は二つあります。

第1に、漏斗胸の手術を行って胸郭の形を変えるときに、それに伴って乳房の向きが変わるからです(詳しくはこちら)。乳房は胸郭を土台として、その上にのっています。ゆえに漏斗胸の手術を行って胸郭の形を変えると、乳房の向きが変わるのは当然のことです。

患者さんの乳房の大きさは人に応じて異なります。ですから、個々の患者さんに応じてどの向きの時に乳房が最も美しく見えるのかを判断しなくてはいけません。日々、がん手術によって失われた乳房を作りなおしたり、乳房の形や位置を整える手術を行ったりしていないと、こうした判断を行うことはできません。

第2に、仮に漏斗胸の患者さんであったとしても、胸郭の形を変えるよりも、乳房の形を変えることが、その患者さんにとっての正解であることがありうるからです。

成人女性の漏斗胸患者さんの半数以上が、胸郭の形態についても乳房の形態についても悩んでいます。こうした患者さんを治療するにあたっては選択肢として、漏斗胸の治療と、乳房の治療の双方を提示するべきです。

他の病院で漏斗胸の診察を受けたのちに筆者のもとを訪れる女性患者さんは多々おいでになります。そうした患者さんたちに、「なぜ最初に診ていただいた病院で手術をお受けにならないのですか」とお尋ねすると、判で押したように「あなたは漏斗胸です。乳房の形にも問題はあるかもしれませんが、そちらは機能には関係はありませんので、主たる問題とは言えません。また、漏斗胸の手術を行えば、乳房の形も治ります」という説明をされています。それに納得できずに香川大学病院を受診されたということですが、まさにその通りであると筆者はつくづく思います。

胸郭の形を治すか、乳房の形を治すのかを決める権利を有するのは患者さんであるべきなのであって、医者ではありません。自身が慣れているのが胸郭の修正だとしても、その理由で患者さんをその方向に誘導するのはいかがなものでしょうか。

また、確かに公式通りに漏斗胸の手術を行えば、乳房の形は術前に比べて改善はします。しかし平素、乳房の手術を手掛けていなければ、細かい調整までは手が及びません。

長々と書きましたが、漏斗胸の治療では「入り口」がとても大切です。以上をご参考にして、ご自身にあった医師を選んでください。

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