貯蔵部作動性カルシウム流入機構(研究開始:1996.11~)

細胞質カルシウム濃度は、細胞外の1万分の1程度の極めて低いレベルに維持されています(下図)。細胞質カルシウム濃度の変動は細胞内シグナルとして重要な役割を果たします。細胞小器官である小胞体は細胞内のカルシウム貯蔵部として機能し、細胞が刺激を受けた際にカルシウムを放出し、カルシウムシグナルの発生に関与します。

 1980年代半ば、小胞体に貯蔵されているカルシウムの枯渇によって活性化される細胞外カルシウムの流入機構が提唱されました。これを、貯蔵部作動性カルシウム流入と呼びます。貯蔵部作動性カルシウム流入機構は、神経や筋肉などの興奮性細胞にも、血球細胞、上皮/内皮細胞などの非興奮性細胞にも備わっている普遍的な仕組みです。特に、非興奮性細胞において主要なカルシウム流入機構として機能します。この機構により、枯渇したカルシウム貯蔵部がカルシウムによって再充填されるとともに、持続的細胞内カルシウムシグナルの発生にも関与します。

 貯蔵部作動性カルシウム流入分子機構が明らかにされたのは、この考えが提唱されて20年余りたった2005年以降このとです。RNA干渉法を用いた網羅的解析から、小胞体にあって貯蔵カルシウム量の低下を感知する蛋白質としてSTIM1/STIM2蛋白質が、カルシウム流入チャネルとしてOrai1/Orai2/Orai3蛋白質が同定されました。

 私どもは血管内皮細胞における貯蔵部カルシウム流入機構の調節機構と役割を研究しています。

 細胞質カルシウム濃度は、静止状態では細胞外カルシウム濃度の1万分の1の100 nM程度に維持されており、刺激を受けると10倍以上の濃度まで上昇し、細胞内メッセンジャーとして働きます。
 細胞質カルシウム濃度は、①細胞外からの流入、②細胞内貯蔵部(小胞体)からの放出、③細胞外への汲出し、④小胞体への取り込みの4つの機構で調整されています。静止時には、③、④の機構により、細胞質カルシウム濃度が低く保たれ、細胞が刺激を受けると①、②の機構により細胞質カルシウム濃度が上昇します。

 

(1)貯蔵部作動性カルシウム流入による内皮依存性血管弛緩作用(研究開始:1996年~)

小胞体のカルシウム取込みポンプ阻害剤を用いて、小胞体の貯蔵カルシウムを枯渇させると内皮細胞に持続的なカルシウムシグナルが発生し、持続的な血管弛緩反応が引き起こされることを明らかにしています。この弛緩反応には、一酸化窒素と平滑筋の過分極反応が関与します。一酸化窒素産生酵素はカルシウム依存性酵素であり、貯蔵部作動性カルシウム流入により発生したカルシウムシグナルが一酸化窒素産生に関わることが示唆されます。


(2)内皮細胞の貯蔵部作動性カルシウム流入におけるSTIM1の役割(研究開始:2007年~)

RNA干渉法という配列特異的に遺伝子発現を抑制する研究方法を用いて、STIM1発現を90%以上低下させて内皮細胞を用いて、内皮貯蔵部作動性カルシウム流入にSTIM1が関与することを明らかにしました。
 さらに、Phos-tag電気泳動法と呼ばれる蛋白質リン酸化の定量解析技術を用いて、貯蔵カルシウム量の枯渇に伴ってSTIM1のリン酸化反応が生じることも見出しています。現在、STIM1リン酸化の部位、関与するリン酸化酵素、および貯蔵部作動性カルシウム流入に及ぼす機能的役割を明らかにする研究を進めています。