5.トリガー項目の解説

 トリガー項目は、「診療」、「投薬」、「手術」、「ICU」、「周産期」、「救急」の6つのモジュールからなります。症例に応じてモジュールを組み合わせて用います。

診療モジュール
  • C1 輸血、血液製剤の使用
  • C2 心肺停止、急変
  • C3 透析開始
  • C4 血液培養陽性
  • C5 塞栓(X線、ドップラー)あるいは深部静脈血栓
  • C6 ヘモグロビン、ヘマトクリットの急激な低下(>25%)
  • C7 転倒・転落
  • C8 褥創
  • C9 30日以内の再入院
  • C10 抑制帯等の使用
  • C11 医療起因の感染症(CV、SSI、UTI等)
  • C12 入院中の脳卒中
  • C13 高度ケアユニットへの移送
  • C14 処置の合併症
  • C15 その他
投薬モジュール
  • M1 Clostridium difficile 陽性
  • M2 PTT > 100 秒
  • M3 PT-INR > 6
  • M4 血糖値 < 50 mg/dl
  • M5 BUN 、あるい血清クレアチニンの上昇(元の2倍超)
  • M6 ビタミンK 投与
  • M7 Diphenhydramineの使用
  • M8 Flumazenilの使用
  • M9 Naloxoneの使用
  • M10 制吐剤の使用
  • M11 過度の鎮静、低血圧
  • M12 突然の投薬中止
  • M13 その他
手術モジュール
  • S1 再手術
  • S2 手技の変更
  • S3 術後のICU入室
  • S4 回復室での気管内挿管、再挿管、BiPap
  • S5 術中、あるいは回復室でのX線検査
  • S6 術中、あるいは術後死
  • S7 術後24時間を超える人工呼吸器装着
  • S8 術中のepinephrine、 norepinephrine
  • S9 術後 troponin > 1.5 ng/ml
  • S10 術中の臓器の除去、損傷、修復
  • S11 その他術中合併症
ICUモジュール
  • I1 ICUでの肺炎の発症(診断)
  • I2 ICUへの再入室
  • I3 ICUでの処置
  • I4 気管内挿管、再挿管、BiPap
周産期モジュール
  • P1 Terbutaline の使用
  • P2 3度、4度の会陰裂傷
  • P3 血小板数 < 50,000
  • P4 推定出血量 > 500ml(経膣)、> 1,000ml(カイザー)
  • P5 他科コンサルト
  • P6 出産後の子宮収縮薬の使用
  • P7 器具による分娩
  • P8 全身麻酔
救急モジュール
  • E1 48時間以内の再入院(再来)
  • E2 救急での6時間以上の滞在

A. 診療・モジュール・トリガー
・輸血または血液製剤の使用

手術中の輸血は、出血量の減少によりあまり行なわれなくなってきている。従ってすべての輸血は、大量出血、予期せぬ血管損傷等との因果関係を調査すべきである。また手術開始24時間以内(手術中・手術後を含め)の輸血も、周術期の有害事象に関連がある。新鮮凍結血ょうや血小板の使用は、抗凝固剤の使用と関連しているかもしれない。

・ヘモグロビン(Hg)またはヘマトクリット(Hct)の25%以上の急激な低下
Hg またはHct の25%以上の低下は解釈が必要である。出血に関する事象は、このトリガーによって把握されることが多い。例として、抗凝固剤やアスピリンの使用、外科的な事故が考えられる。疾病の経過等、医療サービスそのものと関連がなければ有害事象ではない。

・院内での脳卒中
院内での脳卒中は処置または抗凝固療法に関連があるかもしれない。例えば、外科的処置後の脳卒中や、心房細動からの回復等の治療など。

・死亡または心停止
すべての死亡、心停止は注意深くレビューする。手術中や麻酔後回復室で起こる心臓停止、呼吸停止は常に有害事象を考慮すべきである。手術後の24 時間は有害事象が起こる可能性が高い。突然の不整脈の結果としての死亡は、有害事象と関係ないことが多い。徴候や症状を見逃すことはオミッションの一例であるが、医学的介入の結果でなければ有害事象としない。

・透析
新規の透析開始は病気過程の経過か、有害事象の結果かもしれない。例えば、薬剤性腎不全、長引いた低血圧、放射線処置の造影剤投与の影響など。

・血液培養の陽性
入院中の血培陽性は有害事象の指標として調査する。例として、手術部位感染、敗血症、輸液ラインの感染、その他の院内感染など。

・塞栓症または深部静脈血栓症(DVT)のためのX 線またはドップラー検査
入院中のDVT や肺塞栓症(PE)の発症は有害事象と考えるべきである。例え、適切な予防措置がすべてとられていても、患者の視点からみれば有害事象である。またDVT や塞栓症が原因で入院となった場合は、入院前・転科前の原因を探すこと。予防法の欠如はオミッションと見なし有害事象としない。

・転倒・転落
医療現場での転倒・転落はケアの失敗を示す。患者に被害のある転倒・転落は、原因の如何に関わらず有害事象とする。転倒・転落の原因は、薬剤、器具の不具合、人員配置の不備等が考えられ記録等のレビューを行う。転倒・転落により入院が生じた場合にも院外の原因(他院での過鎮静等)を探る。

・褥創
褥創は有害事象である。慢性の褥創は入院治療中に起これば有害事象である。外来で起きた場合は、有害事象が起きているか評価するため要因(過鎮静など)を検討すること。

・30 日以内の再入院
再入院、特に30 日以内の再入院は、有害事象の指標となりうる。特に入院期間が短い場合は、退院後に明らかになるものもある。有害事象の例として、手術部位感染、深部静脈血栓症、肺塞栓症など。

・抑制帯等の使用
抑制が使われる時はその理由をレビューする。例えば、薬物によって起こりうる錯乱など。・医療に起因する関連感染症(CV、SSI、UTI)いかなる医療に起因する感染症もレビューする。中心ライン感染、手術部位感染、または尿路感染など、すべての院内感染は有害事象である。また感染症が入院の原因となった場合にも医療介入に起因するかレビューを行う。

・高度ケアユニットへの移送
より高度なケアユニットへの移送についてレビューする。これには、院内での移送、他院への転出、他院から自院への転入などがある。すべての移送は有害事象のトリガーとなりうる。

・処置の合併症
処置による合併症を探す。処置そのものが有害事象による可能性もある。但し記載が不充分の場合が多い。

・その他
トリガーにない事象が発見された場合。

B. 与薬モジュール・トリガー
・Clostridium difficile 陽性

C.difficile 検査陽性は有害事象である。

・部分トロンボプラスチン時間(PTT)100 秒以上
PTT の上昇はヘパリンを投与中に観察される。PTT 上昇自体は有害事象ではなく、出血についてレビューする。

・国際標準比(INR)6 以上
INR 上昇自体は有害事象ではなく、出血についてレビューする。

・血糖50mg/dl 未満
患者に症状がなければ有害事象ではない。嗜眠やふるえ等の症状、グルコース投与についてレビューし、インスリンや経口血糖降下薬の使用を探すこと。

・ベース値の2 倍以上の尿素窒素(BUN)または血清クレアチニンの上昇
BUN かクレアチニンの上昇についてレビューする。ベース値の2 倍以上の変化があれば、腎毒性のある薬剤の与薬歴をレビューする。また既存の腎疾患、DM 等のリスクとなる原因を調べる。

・ビタミンK(ケーワン等)
INR 上昇のためビタミンKが使用されている場合、出血についてレビューする。検査所見ではヘマトクリット低下やグアヤック陽性便(便潜血)を示すだろう。有害事象の例として、消化管出血、出血性ショック、血腫など。

・ジフェンヒドララミン(レスタミン等)
ジフェンヒドララミンは薬剤アレルギーによく用いられる。この薬剤が投与されていたら、薬剤、輸血によるアレルギー反応についてレビューする。

・フルマゼニル(アネキセート)
フルマゼニルはベンゾジアゼピン系薬剤の拮抗薬である。フルマゼニルを使用した理由を明らかにする。例として、重篤な低血圧や、著しく長引く鎮静など。

・ナロキソン(塩酸ナロキソン
ナロキソンは強力な麻薬拮抗薬である。投与は有害事象を示しているかもしれない。

・制吐剤
嘔気と嘔吐は薬剤投与の結果として起きうる。嘔気と嘔吐による食事、術後回復の妨げ、退院の遅延は有害事象を示唆する。制吐剤で抑えられた1、2 回のエピソードは、有害事象ではないかもしれない。レビュー者の判断が、被害が起こったかどうか決定するのに必要である。

・過鎮静/低血圧
過鎮静と嗜眠について記録のレビューを行う。鎮静剤、麻酔薬や筋弛緩剤の投与に関連した低血圧についてレビューを行う。

・突然の投薬中止
突然の投薬変更はしばしば有害事象と関連がある。特に多くの薬剤を一度に突然に中止するのはトリガーである。

C. 手術モジュールトリガー
・再手術

手術室への再入室は、予定上か否かにかかわらず有害事象の可能性がある。有害事象の例として術後の腹腔内出血等による再手術がある。例え明らかな損傷が確認できなくとも、有害事象と考えるべきである。

・手技の変更
手術自体の合併症なのか、予期されなかった所見の結果なのか、レビューが必要である。装置や器具の不具合のために予期しない変更がされた場合も有害事象である。

・術後のICU 入室
予期しないICU 入室は手術による有害事象と関連があることが多い。

・リカバリー室での気管内挿管、再挿管、BiPap
鎮静剤または鎮痛剤は、BiPap の使用または手術後の再挿管法が原因かもしれない。レビュー者は再挿管やBiPap の使用が、鎮静剤や鎮痛剤の使用に関連するものか、または不十分な計画と関連あるのか決定しなければならない。不十分な計画はコミッションの問題よりオミッションの問題を示しているのかもしれない。レビュー者の判断が欠かせないだろう。PACU で投与された鎮痛剤は挿管を必要とする呼吸抑制を導く可能性があり、有害事象と分類されるかも知れない。

・術中またはリカバリー室でのX 線
ルチンでない術中、回復室での画像検査についてレビューを行う。残留物の疑い、正しくない道具、ガーゼカウントのためのX 線検査は陽性トリガーとなる。追加的処置を要する残留物の確認は有害事象であるが、患者への付加的な被害や再手術なしで除去できれば、有害事象とはしない。

・術中、あるいは術後死
手術中の死亡はすべて、有害事象と考えられるべきである。

・術後24 時間を超える人工呼吸器装着
一部の手術では、術後短期間の人工呼吸が予定されているが、24 時間を超えて患者が人工呼吸を必要とすれば、手術中または手術後の有害事象を考慮すべきである。

・術中のエピネフリン・ノルエピネフリンの投薬
これらの薬剤は手術中には通常投与されない。投与の理由について麻酔記録と手術記録をレビューする。有害事象の例として、出血、過鎮静が原因の低血圧など。

・術後の1.5ng/ml 以上のトロポニンの上昇
手術後のトロポニン値の上昇は心臓の事象を示唆している可能性がある。

・手術中の臓器の除去/損傷、修復
手術記録、術後記録をレビューする。

・その他の術中合併症
その他の合併症(肺塞栓、深部静脈血栓、褥創、心筋梗塞、腎不全、等)

D. ICU モジュールトリガー
・肺炎の発

ICU で診断された肺炎は注意深く見る必要がある。診療モジュール「感染症」参照

・ICU への再入室
手術モジュール「手術後のICU 入室」参照。

・ICU での処置
ICU でのいかなる処置もレビューが必要である。処置記録に合併症は記載されないが、必要となったケア・処置の前後関係(文脈)からレビューする必要がある。

・挿管法/再挿管法/BiPap
手術モジュール「リカバリー室での気管内挿管、再挿管、BiPap」参照。

E. 周産期モジュール・トリガー
このトリガー項目は、母体の記録について有効。新生児については測定できないので注意


・Terbutaline の使用
投与、処方記録があれば、低血圧か胎児仮死を示している可能性がある。

・3 度または4 度の会陰裂傷
3 度または4 度の裂傷は有害事象である。さらに裂傷に関連した母児の事象についてレビューを行う。

・血小板数 < 50,000
脳卒中、血腫、大量出血、薬剤起因等を探す。

・推定出血量 > 500ml(経膣)、> 1,000ml(カイザー)

・他科コンサルト
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