香川大学医学部看護学科
 精神看護学


Mental Health and Psychiatric Nursing, School of Nursing, Faculty of Medicine, Kagawa University

新しい文明に向かう精神看護学を拓く
リカバリーを支える精神看護の視点を大切にしています

私たちの目指す精神看護学について

 精神看護学は、全ての人を対象として精神健康の保持増進を目的とする学問です。人は、人との関わりや社会の中で、時に疎外感や孤立を体験することがあります。しかし、人によって傷ついた心は人によって癒され、他者との出会いに支えられ、成長していくことができます。この人間という存在が持つ精神は、目で見ることも手に触れることもできませんが、精神を持つ人間だけが、自己を成長させる潜在的な可能性をもっています。

 看護系大学では、すべての学生が精神看護学を学びますが、様々な理論や方法論を学んでも、“精神のことは、よくわからない”という感覚が拭えないのも事実です。時代とともに疾患概念や精神障害者への処遇が変遷することや、精神というものの全容を科学的に捉えきれないことに加えて、そもそも、人生と言うものが多様で難しいために、どのような支援が本当にその人にとって最善なのか、はっきりと確かめることができないからかもしれません。

 心の病に対する人々の反応は様々ですが、スティグマ(差別的態度や偏見)は最も大きな問題です。看護者には、精神に障害をもつ当事者の方がその人らしく生き生きと地域で生活できるよう、社会との架け橋となる姿勢が求められます。

 精神看護学は、一般にはあまり知られていない学問領域ですが、わが国の専門看護師制度の中では最も歴史があり、全国で多くの精神看護専門看護師が活躍しています。また、精神看護の高度な専門性を活かして、独立開業する看護師も誕生しており、今後、地域での精神看護のさらなる充実が期待されています。

 ストレス社会とされる現代の日本社会で、一人一人が人生各期を通じて精神健康を保ち、心の発達を促すケアができるよう、学部では基礎となる実践力を養います。以下に、本学での精神看護学教育の概要を紹介します。

精神看護学教育について

誠実に、心に寄りそう

 豊かな感性や教養、そして自己の確固たる看護観を備えた看護職となるために、精神看護学での学びは大きな役割を担います。精神看護では、対象となる方の話に耳を傾け、思いを聴き、受けとめていく共感的かかわりが基本となります。その際、言葉にならない心の声を感じ取ろうとする姿勢も必要です。他者の心に寄り添い続けるには自己洞察が欠かせませんが、対象に向き合う時、人は自らの未熟さに直面します。学部での講義や臨地実習を通して、自己を客観視し、課題を解決しながら、誠実に、謙虚に、病む人の心に寄り添える態度を養っていきたいと思います。

 また、看護者の心身の健康は、看護実践における重要な資本です。健全な心身を土台に、先の見えにくい時代の中でも希望に向かって自己変革できる存在でありたいと願っています。生涯にわたる自己成長の出発点となる看護基礎教育において、自己理解を深めながら軸となる価値や看護観を築くことができるよう、ともに学んでいきたいと思います。


地域での共生社会のあり方を考える

 近年の精神保健の施策は、厚生労働省より2004年に提示された「精神保健医療福祉の改革ビジョン」を皮切りに「入院医療中心から地域生活中心へ」という方向にシフトしています。精神科病床の削減、地域支援の充実など様々な取り組みが行われていますが、順調に進んでいるとは言い難い実状もあります。精神の健康障害を持つ方も私たちも、生活者という点では同じです。疾患や障害があることはその人の全てではなく、その人を構成する一部にすぎません。単に疾患を持った人という見方ではなく、生きづらさを抱えながらも共に地域で生活し、自己実現に向かって、かけがえのない人生を歩む人という見方が大切ではないでしょうか。

 このような当事者の地域生活支援を実現させるために、地域で活動されている方々との協働を基盤とした看護のあり方を探求し、開拓できる人材を育成したいと考えています。

授業科目

1年次

精神看護学概論は、精神の健康の定義や精神保健活動の考え方、精神障害者と家族・社会の関わりにおける看護の役割や地域生活における精神看護の専門的活動など、精神看護の基本的知識を学ぶための導入科目です。皆さんも、人間のこころの不思議や精神のあり方について、一度は考えたことがあると思います。精神看護では、自分を知ることを通して、相手を理解していくことがとても大切になります。自分自身がどういう特性を持った人間なのか、これまでどのようなことに影響を受けながら成長発達してきたのかなど、自己への理解も授業の大きな柱となります。講義を通して、自分のことを振り返る機会としていきましょう。

2年次

精神保健対象論では、精神看護学概論で学んだ「精神」のあり方を基盤として、精神に健康障害を持つことの意味や及ぼす影響について学びます。一体、精神を病むというのはどのような体験なのでしょう。もしも、自分が精神科病院に入院することになったら、どのように感じるでしょうか。このような問いを念頭におきながら、精神看護の第一線で活躍する専門家による講義や映像教材などにより学びを深めていきます。また、精神科医療や精神保健福祉において、チームの中で対象と関わる看護職として、共に生活支援を担う専門職との協働のあり方についても考えていきましょう。

精神援助論では、疾患別の看護の基本知識を得るとともに、実際に病棟実習を想定しながら、ロールプレイを通したコミュニケーション技術やリラクゼーション技術などの習得に向けて演習を行います。また、当事者に学ぶ姿勢を大切にし、対象に向き合っていく姿勢を養うため、地域で社会生活を送りながら回復途上にある当事者の方々に貴重な体験談を聴かせていただきます。心の病気にかかることによる生活の変化や、どのように回復していかれたのかなど、体験談での学びを通して、リカバリーを目指す看護のあり方について、自分の考えを深めていきます。

疾病論Ⅳは、精神看護において必要となる精神疾患に関する知識の習得を目的とする科目です。香川大学医学部附属病院の精神科医師による講義を通して、精神医学の歴史や法律、代表的な疾患や治療法の概要など、精神看護実践に必要となる精神医学のエッセンスを学びます。

3年次

看護倫理は、オムニバスでの開講になります。精神科領域では倫理的な問題を切り離して考えることはできません。患者の人権や権利を守ることと、患者の安全を守ること、スタッフの安全を守ることなど、いずれも必要です。また、何が本当に当事者の方々にとって必要なことなのか、治療的な関わりとなるのか、社会との関係性の中で、歴史的に多くの問題を抱えていることも事実です。精神看護に伴う倫理的な諸問題について考えていきましょう。

講義や演習で学んだ知識と技術を統合し、精神の健康障害をもつ対象者への看護の基礎実践力を養います。短期間での関係形成という制約はありますが、それぞれの思考や感性を大切にした看護過程を実践します。また、対象者との関わりを通して自分自身を見つめる機会をもつことで、自己成長に向けた課題を明らかにしていきます。精神科病棟や地域の様々な施設で実習を行い、病棟-地域をつなぐ切れ目のない支援を考えていきます。

4年次

3年次の領域別実習における学習をふり返り、学生個々の能力や適性、志向に適合する分野を選択し、各自の学習課題の解決にむけた実習を行います。実習を通して看護実践能力を高めるとともに、精神看護や地域精神保健に関する学びや理解を深めることで、精神看護観の形成を図ります。

看護学における研究の必要性や意義について学習し、看護研究活動の基盤となる研究方法を学びます。
精神看護学ゼミでは、個人もしくはグループで協力しながら、学生の興味や関心に根差した研究を行っています。

【2023年度】
●一般病棟における認知症高齢者の身体拘束解除に向けた看護介入内容についての文献検討
●精神科看護師が易怒性のある認知症高齢者のその人らしさを理解していくプロセス
●義務教育における保健室登校の子どもに対する養護教諭の連携に関する文献検討
●経済面に着目した看護大学生の実習期間の過ごし方とストレスコーピングに関する質的研究

【2022年度】
●精神疾患の親をもつ子どもの体験に関する「子どもの語り」に着目した文献研究
●認知症当事者とその家族・介護者の参加に繋がる認知症カフェの在り方について〜文献検討からの一考察〜
●産後うつの母親をもつ家族の現状と保健師の支援のあり方に関する文献検討
●精神看護実習における自己の困難感の分析と考察
●中学校の教職員に向けた摂食障害に関する啓発プログラムの検討

【過去の研究テーマ】
●コロナ禍における女子大学生のストレッサー,ソーシャルサポートおよび精神的健康の関連
●大学生のインターネット利用に伴う対人関係・生活習慣から見たネット依存への影響についての文献検討
●香川県の精神保健領域におけるピアサポーター支援者の現場での実践とピアサポート活動に関するニーズについての質的研究
●認知症高齢者と家族の思いに着目した ACP に関連する看護支援についての文献検討
●精神看護学実習における統合失調症当事者との接触体験と偏見の関連
●認知症高齢者に対する服薬支援に関する文献的検討
●統合失調症の長期入院患者への退院支援に関する文献検討―退院に消極的な患者への看護師の支援―
●家族介護者における介護肯定感の概念に関する文献検討―構成要素とその構造について―
●共依存傾向にある成人愛着障害事例の関係性に着目した対象理解―愛着障害と共依存のケアに関する文献検討からの一考察―
●新型コロナウイルス感染症による緊急事態宣言発令時における香川県内の就労継続支援A型事業所の活動状況に関する実態調査
●看護学生における防衛機制と自己肯定感との関連
●看護学生のひきこもりへの関心と共感的理解度、社会的距離、知識との関連について
●精神障害者の就労継続支援に携わるスタッフの職務ストレスへの対処とやりがい
●看護系大学生のキャリアコミットメントと臨地実習における経験との関連の検討
●看護学生に対するHRVを用いたほうじ茶摂取によるリラックス効果の検討
●看護大学生の生活習慣と自己肯定感の関連

教育環境

精神看護学のカンファレンスルームでは、学習支援のための専門書や学会誌などを閲覧することができます。また、看護研究において論文の検索やデータ分析、論文の執筆に使用できるようパソコンを設置しています。
実習でのレクリエーションで使用するための楽器や様々な物品も準備しており、学生のアイデアを実習場所で活かすことができます。

また、教育環境は学内だけにとどまりません。地域の支援事業所や個人の皆様のご支援を頂いています。2019年度から講義の一環として、香川県内の就労支援事業所・地域活動支援センター等に学生が訪問し、地域生活支援の実際を学ぶ機会を持てるよう「訪問プログラム」という取り組みを始めました。

2023年度訪問プログラムにご協力いただいた施設一覧(敬称略、順不同)

●朝日園(就労継続支援A型B型事業所、生活介護、施設入所支援)
●朝日平成園(地域活動支援センター)
●あい(障害者生活支援センター)
●らいおんハート(就労継続支援B型事業所)
●三木町役場住民健康課
●発達サポートセンター プレスタワークス(児童発達支援、放課後等デイサービス事業所)
●COMPASS発達支援センター(児童発達支援、放課後等デイサービス事業所)
●ラ・レコルト高松瓦町(就労移行支援事業所)
●STORY(就労継続支援A型事業所)

3年生・4年生の実習では下記の施設にご協力をいただいています。

⚫︎香川大学医学部附属病院 精神科神経科病棟
⚫︎医療法人社団 光風会 三光病院(断酒会も含む)
⚫︎朝日園(関連施設も含む)
⚫︎就労継続支援B型施設すてっぷ
⚫︎医療法人社団 以和貴会 グリーンホープ、ライブサポートセンター、コミュニティハウス未来、ワイワイ創造館
⚫︎障害福祉サービス事業所かわしま
⚫︎障害者地域生活支援センターほっと
⚫︎地域活動支援センターむつみ会 第1・第2作業所
⚫︎就労継続支援B型事業所セブンセンス
⚫︎訪問看護ステーション シェアハート

また、AA(Alcoholics Anonymous)栗林グループや香川県・高松市ピアサポーターの皆様にもご協力いただいて、講義・実習を行っています。
香川県内の精神科病院、地域との連携をさらに深めて、大学の責務である研究・教育の充実を図っていきます。