脳神経外科
機能的脳神経外科
機能的脳神経外科とは
神経機能障害の改善を目的とする脳神経外科治療。
不随意運動症、いたみ、てんかん、情動障害などが主な対象疾患で、神経組織自体に手術操作を加えて、その機能を変化させることにより、目的とする臨床効果を引き出すという治療です。
主な対象疾患
パーキンソン病、本態性振戦、ジストニア、顔面けいれん、三叉神経痛、慢性疼痛、痙縮など
パーキンソン病
振戦、筋固縮、無動・寡動(動作緩慢)、姿勢反射障害の四徴候を認める疾患
日本におけるパーキンソン病患者の頻度:人口10万人に対して約100人と推定
発病年齢:55歳から65歳をピークにその前後に拡がる。
75~79歳と80~84歳が最も多い。(大多数は65歳以上)
パーキンソン病症状
1)四徴候 振戦、筋固縮、無動・寡動(動作緩慢)、姿勢反射障害
2)進行期において出現する症状
姿勢異常や姿勢保持障害、転倒
すくみ現象
自律神経症状(便秘、頻尿、起立性低血圧など)
精神症状(知的機能障害、うつ状態、幻覚・妄想など)
嚥下障害(流涎)、発語障害、睡眠障害など
3)L-dopa治療の副作用として出現する症状
Wearing-off現象・on-off現象
Dopa誘発性不随意運動(ジスキネジア)
パーキンソン病に対する脳神経外科的手術療法 手術適応基準
1)L-dopaに対するはっきりとした効果がかつて認められ、その効果は程度を問わない
が術前にも持続していること
2)パーキンソン病に対する薬物療法が十分に行われたもの
3)日常生活を困難にする程度のパーキンソン病による運動障害、薬物療法による
motorcomplicationを有するもの
Hoehn & YahrステージがOn periodにて1~3、Off periodにて3~5
ただし、振戦の手術適応はH&Yステージを考慮しなくてよい
4)全身状態が良好であること(重篤な全身疾患があるものは除外)
5)知能は正常であること(重篤な痴呆があるものは除外)
6)情動的に安定していること(著しい精神症状を呈するものは除外)
7)脳の画像で著明な脳萎縮がないもの
8)本人の同意が得られること
判定:異常の8項目をすべて満たすものを適応。満たさないものは除外する
深部電極刺激(DBS)治療効果(特にSTN-DBS)
1)L-dopaの内服薬の減量
2)off時の運動症状の改善
3)症状の日内変動の減少
4)dyskinesiaの軽減
深部電極刺激(DBS)手術の方法
脳のMRI検査を行い、コンピュターワークステーションを使用し、患者さん一人一人の脳の地図を作製して手術に臨みます。手術当日の朝に手術用のフレーム(Leksell Stereotactic System)を装着してからMRI検査を行います。
手術は局所麻酔で行います。手術中の体位はほぼ仰向けに寝た状態で、頭部は手術用のフレームごと手術台にしっかり固定されます。手術中も話をすることはできます。局所麻酔の注射をして、前頭頭頂部(髪の生え際のすぐ後ろあたり)を縦に約5cm切開します。頭蓋骨に骨孔を開け、定位脳手術装置を使って、目標とする脳の深部まで電極を刺入します。
電極の先端が目標点に達しているかどうかを、先端の電位を測定することや、手の震えや筋の緊張がどのように変わるかを観察して判断します。また、しびれや、眼の動きの異常、気分不快、発語の障害などの副作用がないことも合わせて確認します。最も効果が期待される部位が確認されたら、脳の中に埋め込んでおく電極を入れます。電極を固定した後、傷を縫合して手術を終えます。電極の一方の端を耳の後ろのあたりから頭皮の外に出しておきます。ここに体外式の刺激装置を接続して手術後約1週間病棟で試験電気刺激を行い、効果がある場合は体内(主に前胸部の皮下)に刺激装置を埋め込みます。
手術に対するQ&A
Q1)出血は?
A1)手術中に脳内に針を刺すことにより脳出血を起こす危険があります。起こった場合、小さい出血のことが多く症状を出すことは稀ですが、中に一過性の運動麻痺や知覚障害をきたす事があり、出血が大きければ一部症状が残る危険もあります。脳出血を合併する割合は3~5%程度と言われていますが、最近ではもっと低くなっていると思われます。
Q2)電極という異物が体内に入りますが・・・
A2)電極は体にとって異物ですが、アレルギー反応は少ないように工夫されています。しかし、体の外から電線という異物を入れることで、局所の感染を起こすことがあります。起こった場合は、抗生剤等で治療すると共に、電線を抜去する必要に迫られることもあります。
Q3)電線や電池の寿命は?
A3)長期にわたって電線を入れておくことで、断線の危険があります。また電池は刺激の条件にもよりますが、通常は5~7年後には交換が必要となる見込みです。電池の交換にも小手術が必要ですが、局所麻酔で日帰りでも可能な手術です。
Q4)電気刺激によって副作用がありますか?
A4)頻度としては少ないですが、一時的な脳浮腫をきたしたり、精神症状が出現することがあります。万が一このような症状が現われた場合は、電気刺激を中止するか、もしくは体を動かすのに最もよい条件よりは少し弱い電流しか流せないこともあります。
顔面けいれんおよび三叉神経痛に対する外科的治療
顔面けいれんは、顔の半分が自分の意思とは関係なく痙攣するもので、ふつう目の周囲から始まりだんだん口元へと拡がります。一般に緊張した時に強く起こりますが、だんだん時間が長くなったり、ひどい場合には眼が開けにくくなります。この顔面けいれんは、正常血管が顔面神経を圧迫することによって起こります。この病気に対する治療法としては、薬物療法、ボツリヌス毒素治療や脳手術があります。薬物治療は、安定剤や抗けいれん剤が使われますが、あまり効果はありません。ボツリヌス毒素治療は神経内科で主に行いますが、薬としてボツリヌス毒素治療を顔の筋肉に注射をすると、顔の筋肉が麻痺をして、痙攣が起こりにくくなります。かなり症状が緩和される場合も多く、1回注射をすれば3~4か月は症状が楽になります。しかし、根本治療ではありませんので、再治療が必要になります。
脳手術の場合は、顔面神経を圧迫している血管を移動させることによって痙攣が消失します。8~9割の手術例でけいれんが消失し、再発は稀です。もちろん全身麻酔下での脳手術ですので、合併症の危険もあります。
三叉神経痛、特に突発性三叉神経痛とは顔の半分に強い電撃痛のような痛みを感じる病気です。典型的な症状は、顔の半分の突発的な痛みです。一瞬の走るような痛みで、数秒のものがほとんどで、長く続いても数十秒です。このような痛みが、洗顔、歯磨き、ひげそりなどの動作によって誘発されます。この突発性三叉神経痛は、正常血管が三叉神経を圧迫することによって起こります。突発性三叉神経痛であれば、治療はまず薬物治療(カルバマゼピンなど)を行います。7~8割の方は効果がありますが、効果が乏しい場合、これらの薬が合わない場合は、神経ブロック、脳手術、定位放射線治療などの治療が行われます。
脳手術の場合は、三叉神経を圧迫している血管を移動させることによって痛みが消失します。7~8割の手術例で痛みがほとんど消失します。もちろん全身麻酔下での脳手術ですので、合併症の危険もあります。高齢者や手術のリスクが高い方には、定位放射線治療が行われることもあります。
顔面けいれん、突発性三叉神経痛は、他の病気との鑑別が必要な場合や腫瘍や血管の異常などによって起こることもあるので、脳神経外科で一度精査したほうが良いと思われます。しかし、腫瘍などの特殊な原因がない限り、病気自体が生命にかかわるものでなく、症状が軽ければ放置も可能な機能的疾患なので、患者様の希望に基づいた治療が行われます。
脊髄刺激療法(Spinal cord stimulation:SCS)
薬物治療などに抵抗性の慢性疼痛に対する治療のひとつである脊髄刺激療法は、痛みの信号が脳に伝わる前に脊髄に微弱な電気を流すことにより、慢性の痛みを和らげる治療法です。
腰椎術後の下肢痛や腰部脊柱管狭窄症、閉塞性動脈硬化症などの虚血性疼痛、帯状疱疹後神経痛や多発性硬化症などの神経障害性疼痛に効果が高いとされています。
治療法としては脊髄の硬膜外に経皮的に電極のあるリード線を留置し、そこから試験的に電気刺激を行います。脊髄に微弱な電気を流すと心地よい刺激感で痛みの部分が覆われ、痛みが和らぎます。
刺激により除痛効果があるようであれば、刺激装置の埋め込み手術を行います。除痛効果が無い、あるいは治療希望がない場合はリードを抜去し、刺激装置の埋め込みは行なわないため、本格的な治療前に効果を確認することが可能です。
痛みの症状は個人によって大きく異なり、1日においても変化することがあります。そのため埋め込み後は専用プログラマなどで皮膚の外から刺激の入切や強弱などを調節することが可能です。
痙縮に対する治療
脳梗塞、脳出血、脳挫傷などにより錐体路(運動神経)に障害が生じると筋力の低下を来すだけでなく、筋肉が緊張しすぎて、手足が動かしにくかったり勝手に動いてしまう状態になる痙縮を生じる場合があります。具体的な症状として手指が握ったまま開きにくい、肘が曲がってしまう、足先が足の裏側のほうに曲がってしまうなどの症状があります。脳卒中の発症後、時間の経過とともに麻痺と一緒に現れることが多い症状です。
痙縮は動かしづらいだけでなく、睡眠障害や疼痛の原因になるなど日常生活の支障が生じたり、リハビリテーションの妨げになってしまう場合があります。また痙縮の症状を長い間放置すると、筋肉が固まってさらに関節の運動が制限される拘縮という症状につながる場合があります。
痙縮の治療としては①内服薬、②ボツリヌス毒素治療、③バクロフェン髄注療法(ITB療法)があります。
内服療法は緊張している筋肉をゆるめる働きのある薬を服用します。痙縮に対する初期治療としてよく使われます。
ボツリヌス毒素治療とは、ボツリヌス菌が作り出す天然のタンパク質(ボツリヌストキシン)を有効成分とする薬を筋肉内に注射する治療法です。筋肉の緊張がやわらぎ、リハビリテーションを一緒に行うことによって日常生活の動作が行いやすくなることが期待できます。しかし効果は3~4か月で消えてしまうため、年数回の注射が必要になります。また1回で使用できる量が決まっているため、一側の上肢あるいは下肢などの痙縮に行うことが多くなっています。
バクロフェン髄注療法とは痙縮をやわらげる薬(バクロフェン)の入ったポンプをお腹に埋め込み、カテーテルを通じて脊髄周辺(髄腔)に薬を直接投与します。カテーテルとポンプを埋め込むための手術が必要になりますが、埋め込んだのちは皮膚の上からプログラマーで薬の投与量を調整でき、薬の補充も皮膚の上からポンプに穿刺して薬液を補充します。広範な範囲に薬を効かすことができるため、両側の上肢、下肢あるいは四肢などの痙縮に対して行います。
またバクロフェン髄注療法は埋め込み手術前に、薬液を髄注して効果を確認できるスクリーニングトライアルを行ってから、手術を行うかどうか検討します。