2026.09.18
「まず、我々がハッピーになりましょう」――香川大学医学部附属病院長・杉元幹史先生に聞く
こんにちは!医学部学生広報部です。今回は、香川大学医学部附属病院で第12代病院長を務める杉元幹史先生(専門:泌尿器科)にインタビューしました。医師を志した学生時代から、附属病院長としてのお仕事、そして学生・受験生へのメッセージまで、じっくりとお話を伺いました。「垣根の低さ」「職員ファースト」「Go for it」。飾らない言葉で語られる、附属病院トップの素顔に迫ります。
杉元 幹史(すぎもと みきお)
所属:香川大学医学部附属病院長/泌尿器科教授
出身:香川県高松市(玉藻中学校・高松高校)
経歴:旧香川医科大学 三期生(昭和57年入学・昭和63年卒業)
学生時代:剣道部(5年生時、西日本医学生剣道大会で優勝)
まずは自己紹介と、附属病院長としてのお仕事について一言お願いします。
香川大学医学部附属病院長の杉元幹史です。専門は泌尿器科で、泌尿器科の教授も務めています。出身は高松市で、中学・高校とも地元の玉藻中学校、高松高校です。1964年2月14日、バレンタインデー生まれです。昭和57年に高校を卒業し、同じ年に旧香川医科大学に入学しました。三期生にあたります。卒業は昭和63年、昭和最後の年でした。それから泌尿器科医としてのキャリアを歩み、現在は第12代の香川大学医学部附属病院長を務めています。
今回のような、学生主体の広報企画について一言いただけますか。
素晴らしい取り組みだと思います。学生の皆さんは、もう自分の子どもより若い世代ですからね。そうした新しい世代の視点でお話を聞いたり、お話しさせてもらったりする機会は、とてもありがたいことだと思っています。
医師を目指されたきっかけを教えてください。
これはよく聞かれる質問なのですが、実は明確なきっかけはほとんどないんです。物心ついたときから、なぜか自分は医師になるものだと思っていました。強いて挙げるなら、幼い頃に弟が長期間入院したことが影響しているのかもしれませんが、それも定かではありません。小学校の卒業文集にも「医師になる」と書いていたようで、今思えば不思議なものですね。
学生時代はどのような学生生活を送られていましたか。
香川は地元なので、自宅から通学していました。正直に言うと、あまり真面目な学生ではなく、授業にもそれほど出ていませんでしたね。ただ、小学校1年生から続けていた剣道だけは、大学時代も社会人になってからも一生懸命続けていました。当時の学生は今とはだいぶ雰囲気が違って、麻雀をしたりパチンコをしたり、そんな学生生活でしたね。
香川医科大学を選ばれた理由や、入学までの経緯を教えてください。
これも、実はあまり深く考えていなかったんです。地元が香川県だから、香川でいいだろうと。特に他の選択肢と比較したわけではなく、香川県出身だから香川医科大学に行くものだと、自然にそう思っていました。
学生時代に打ち込んだことや、恩師とのエピソードがあれば教えてください。
剣道部の顧問が、当時第一生理学講座の畠瀬修教授という先生で、本当にお世話になりました。5年生のときに西日本医学生剣道大会で優勝したことが、学生時代でいちばんの思い出ですね。
泌尿器科に進まれた理由を教えてください。
これもよく聞かれるのですが、取り立てて大きな理由はないんです。もともと「これがやりたい」というこだわりが強いタイプではなく、自分に合わないと感じる診療科はあったものの、基本的にどこに進んでも良かったと思っていました。そんな中で、当時の泌尿器科の先生方が本当に親切でフレンドリーで、よく美味しいものに連れて行ってくれたんです。特に、高級なしゃぶしゃぶをご馳走になったことが決め手になって、入局を決めました。世の中、そんなものですよ。
これまでのキャリアの中で、転機になった出来事はありますか。
これは少し複雑な話になります。私は三期生なので、先輩は二学年分しかいませんでした。しかも当時の香川医科大学の教員は、香川医科大学出身者ではなく、他大学から来られた先生方がほとんど。関連病院も少なく、学べる場自体が限られていた時代でした。
私は泌尿器科医として手術で身を立てたいと考えていたのですが、修練できる場所も師匠と呼べる存在もなかなか見つかりませんでした。そんなとき、外部の病院で、独学でとてつもなく手術がうまくなった、天才的な術者に出会ったんです。その人も地方の医科大学出身で、師匠なしに普通の市立病院に出て、自分一人で手術の技術を磨いたのだと聞きました。それを知って、「これはもう自分でやるしかない、やればできるんだ」と目からウロコが落ちる思いがして、そこから一気にギアが入り、独学で技術を磨いていきました。これが一つ目の転機です。
もう一つの転機は、京都大学から赴任してこられた泌尿器科二代目教授の筧先生との出会いです。筧先生を通じて、世界とつながっている感覚というか、世界レベルの仕事が香川大学でもできるのだと知りました。世界は思っていたほど遠くないのだと分かったんです。この二つの転機、お二人の先生との出会いがあって、今の自分があると思っています。
左:1993年7月撮影、若手医師時代の杉元先生/右:筧先生(左)と杉元先生(右)
病院長に就任された経緯や、当時のお気持ちを教えてください。
経緯を一言で説明するのは難しいのですが、病院長になる前に、二期4年間、副病院長を務めさせていただきました。管理する立場になると、一般の医局員や医師として見えていた景色とはまったく違うものが見えてきます。副病院長時代は医療安全を担当していたのですが、4年間その仕事に携わる中で、医療安全こそが医療の基礎であり、医療安全があってこその医療なのだと、本当の意味で理解しました。そうした流れの中で、病院長を務めさせていただくことになったんです。
病院長としての一日、あるいはお仕事の内容について教えてください。
曜日によって内容は変わりますが、簡単に言うと、政治家のような日々かもしれません。泌尿器科医としての外来診療も続けていますが、それ以外の時間は15分、30分刻みでさまざまな方との面会が入り、院内・院外の会議、日本泌尿器科学会の理事としての仕事もあります。病院長としては、職員や患者さんからの要望やクレームに対応したり、病院経営について細かく説明を受けて指示を出したりする毎日です。国立大学病院の病院長にはある程度の決定権があるので、ある部署で人を採用するかどうかといった重い判断を、日々迫られています。正直、休まる時間がないというのが実感ですね。
香川大学医学部附属病院ならではの特色や強みは、どのようなところにあるとお考えですか。
香川大学医学部附属病院の特徴は、各診療科の垣根が低く、「みんな仲間」という感覚が強いことだと思います。これが一番の強みですね。話しやすい環境なので、他科へのコンサルテーションも気軽にできる。それは巡り巡って、患者さんのメリットにつながっていると思います。ただ、それを維持するには、強いリーダーシップで職員全員が同じ方向を向けるようにする必要があって、そこが病院長としての自分の役割だと考えています。
今後、附属病院をどのような病院にしていきたいとお考えですか。
香川大学医学部・附属病院が設立されて、もうすぐ50年を迎えます。それまでの香川県には医科大学がなく、他県の医師の力を借りながら医療を支えてきました。50年という節目を迎えたからには、香川大学が香川県の医療の中心にならなければならないと考えています。私自身、三期生としてようやく病院長になったところで、ここからが本当のスタートだと思っています。高齢化や人口減少、生産年齢人口の減少が進む「2040年の地域医療構想」を見据え、香川県の医療を私たちがコントロールしていく立場になりたいと思っています。
香川大学医学部で学ぶ学生に、期待することはありますか。
香川大学は、先ほどお話ししたように診療科の垣根が低いことに加えて、医学部に臨床心理学科を持っている大学というのは全国でもほとんどありません。医学科・看護学科・臨床心理学科の3学科があるということが、大きな特徴だと思います。私たちは、技術や知識を教えるだけでなく、人の心が分かる医療者を育てることを重視しています。これからのAI時代、知識や技術だけではAIにはかないません。そこから一歩抜け出すには、人の心が分かること、共感力だと思うんです。そうした力を培えるようにすることが、私たちのミッションだと考えています。ぜひ、3学科がそろう香川大学医学部に来ていただきたいですね。
附属病院で実習したり、将来働いたりすることの意義について教えてください。
私は2025年10月、病院長に就任した際、3つのキーコンセプトを打ち出しました。一つ目は「香大病院に関わる全ての人を幸せにする」ということ。ここでいう「全ての人」は患者さんだけでなく、そのご家族、職員とその家族まで含みます。二つ目は「職員ファースト」。患者さんファーストと言えば聞こえはいいのですが、私はまず我々自身がハッピーになることが第一だと考えています。我々がつらそうな顔をして働いていたら、患者さんも幸せにはなれません。まず自分たちがハッピーになる、それが結果的に患者さんの幸せにもつながるという考え方です。三つ目は「Go for it」。これはサントリーの創業者・鳥井信治郎さんが社員に語っていた「やってみなはれ」という言葉に由来していて、思いついたことはまずやってみようという意味です。この3つのキーコンセプトのもと、附属病院は自由に何でも挑戦できる雰囲気があります。ぜひこの環境で実習し、学んでいただければ、間違いなく素晴らしい医師になれると思います。
杉元病院長が掲げる3つのキーコンセプト
・香大病院に関わる全ての人を幸せにする――患者さんとそのご家族、職員とその家族、すべての人を幸せに。
・職員ファースト――まず職員がハッピーに働くことが、結果として患者さんの幸せにつながる。
・Go for it(やってみなはれ)――思いついたことは、まずやってみる。
最後に、進路に悩んでいる受験生・高校生に向けてメッセージをお願いします。
私たちの医学部は、教育を第一に考えています。学生の教育はもちろん、若い医療者の教育も含めて、まず教育、その次に研究を重視しているんです。アットホームな雰囲気でありながら、厳しさの中にも優しさがある環境です。ぜひ安心して、我々に任せていただければと思います。悪いようにはしませんし、必ず良い方向に進みますから、安心してください。
取材の様子
編集後記
杉元先生への取材が決まったとき、真っ先に思い浮かんだのは、以前、同窓会の記念講演でうかがったお話の数々でした。飾らない語り口でありながら思わず引き込まれるエピソードの連続で、今でも印象に残っています。その講演後の懇親会でご挨拶させていただいた際には、先生のご実家と自分の実家が驚くほど近い場所にあることが分かり、それ以来、勝手ながら親近感を抱いておりました。
今回、改めてじっくりとお話をうかがう中で強く感じたのは、剣道で鍛えられたリーダーシップこそが、医師として、そして病院長としての先生の「志」を支えているのだということでした。「まず、我々がハッピーになりましょう」という飾らない言葉の奥に、組織を率いる強さと誠実さの両方が滲んでいたように思います。
貴重なお時間をいただき、ありがとうございました。
文・取材・構成:学生広報委員会 医学科4年 荻田洋平