2024.11.29
【香大の先輩】岡野先生の半生
こんにちは!医学部学生広報部です! 今回は香川大学医学部 消化器外科学 教授の岡野先生にお話を伺いました。先生の学生時代から現在に至るまでのエピソードに迫ります。 それでは岡野先生、よろしくお願いします!
名前:岡野圭一
所属:香川大学医学部 消化器外科学 教授
出身:愛媛県
高校:松山東高等学校
大学:香川医科大学(現 香川大学医学部)
医師と志したのはいつ頃でしょうか
岡野先生(以下敬称略)
「医師になろうと思ったのは高校3年の時です。親しい友人が『医師になりたい』『人を助けるような仕事をしたい』と言っていました。僕自身もやりがいのある仕事だと思っていたので、医師がいいかなと思い目指しました。
親元を離れたいという気持ちがあったので他県に、また四国とか田舎、瀬戸内海の自然が好きだったのであまり遠く行くのもどうかと思い、当時の香川医科大学への進学を決めました。」
大学生活はどのように過ごされましたか
岡野
「大学に入ってからは、剣道部を一生懸命していました。また音楽も好きだったので、軽音にも入ってました。その当時の仲間は地元に帰ったり、働く場所もそれぞれ違うのですが、今でも何かあった時には集まっていろいろ話す仲で、そのような仲間を学生時代に作れたことは凄く良かったですね。
あと、旅行とかも好きだったのでバックパッカーでヨーロッパやインドを回ったのも、学生時代だからできることだったと思います。
勉強も留年にならないようほどほどに頑張っていました。ただ、ポリクリ、スーポリの5年、6年で患者さんに接する機会が多くなり、どんどん医学への興味が湧いてきて、やる気が増してきました。」
大学の思い出の場所、エピソードなどはありますか
岡野
「学生さんにいつも言っているのですが、図書館の西側にちっちゃな石碑があるんですよ。ぜひ、近くを歩いた時にでも見て欲しいです。
感謝の心と書かれた石碑があるのですが、これは初代学長が残した言葉なんです。
本当に先生がいつも言っていた言葉で、やはり医師になっても周りの人に対する感謝の気持ちを忘れてはいけないと言っています。僕が凄く大事にしている言葉です。
医師になる、育っていくことは決して1人ではできません。指導してくれる人、支えてくれる周りの友達、周りの先生、それから患者さんにも感謝の気持ちを忘れないことが大切です。小さな石碑なのですが、僕にとっては思い出の場所になります。」
印象に残っている臨床実習のエピソードなどはありますか
岡野
「衝撃的だったのは外科の手術に入った時でした。
とても長い手術だったのを覚えています。朝から夜、本当に夜中までかかるような長時間の手術で、肝臓と膵臓を一緒にとるHPDという肝膵同時切除の手術で、当時1番大きいような手術にポリクリの時に入りました。
今は交代で休憩に入ることがあるのですが、その当時は休憩もなく、朝から晩まであったのですが、あっという間の時間に衝撃を受けるような感じで、それを見て外科医って凄いな、面白いなとなりました。
もう1つ、学生の時に読んだ国立がん研究センター中央病院ができた頃のノンフィクションの本に凄く感銘を受け、そこで勉強したいなという思いを強くして、目標に向けてまっしぐらに医師になりました。」
国立がん研究センター中央病院に卒業後行かれたのですか
岡野
「すぐには行けなかったので、香川大学の外科の大学院に入れてもらって、さっき言った肝膵同時切除の研究をして、それを終わらした後に先ほどの国立がん研究センター中央病院に3年間レジデントで行かしてもらいました。
その病院には同世代くらいの癌を勉強したいという人たちが集まっていて、その人たちと一緒に朝から晩まで手術に入っていました。忙しかったですが、やっぱり充実していて楽しい時間でした。そこで本当にいろいろ勉強させてもらって、香川に帰ってきてその経験とかを元にさらに自分自身の消化器外科医としての手術の腕を磨くようなことをずっとしてきました。」
その後の医師人生はどのような感じだったのでしょうか
岡野
「やっぱり順風満帆なわけではなく、例えば自分が一生懸命手術をして1回助かったように思うような患者さんも、その後がんの再発でなくなってしまう患者さんもいます。
そういう時に僕が思ったのは、やっぱり手術だけで全ての人を助けられるわけではないということ。本当に医師として、外科医として手術の腕を磨くだけでなく、やっぱり研究ができるとか、いろいろな知識を幅広く持つことが大事なのではないかと思った時期がありました。それを思って、留学することを決意しました。」
留学について教えてください
岡野
「アメリカのクリーブランド州にあるケース・ウェスタン・リザーブ大学で2年間、研究をさせていただきました。よても良い経験になりましたね。手術をするわけではないのですが、様々な研究をして、最新の研究の仕方とかね、そういうことに携わっている人とも交流を深めることができました。
何よりも海外に出て海外から日本を眺める、日本の良さ悪さ、そういったものを客観的に見た経験は、自分の外科医としての幅になったのではないかと思います。」
留学後などのような人生を過ごされたのでしょうか
岡野
「留学から帰ってきた後は外科医として手術の腕を磨く、患者さんを診る、研究をする、論文を書くなどなど、いろんな自分のやりたいことを進めていきましたね。
香川大学で移植を導入することで、京都大学など日本中のいろいろなところで勉強させてもらいました。そういうことも含めて、ちょうど3年くらい前にこの香川大学消化器外科の教授に選んでいただきました。それから新たな治療やロボット手術などに一生懸命取り組んできましたが、やはり後進の育成、つまり外科医を育てていくことに重点をおいて現在は頑張っています。
ぜひ、多くの人に香川大学に入ってもらって、外科に興味を持っていただいて外科医として立派に育成していきたいなという風にも思っています。」
生まれ変わって、なりたい職業はありますか
岡野
「最近考えているのは大谷翔平選手ですね。やっぱり凄いと思います。見てると勇気をもらえます。もちろん、あのレベルになるためには相当な努力をしていると思うのですが、ああいう経験ってできないなと思います。
それは冗談として...
生まれ変わってもやっぱり外科医になりたいなと思っています。それぐらい本当にやりがいがありますね。プレッシャーもあるのですが、やっぱり上手くいった時の達成感みたいなものが大きいです。ここは大谷翔平選手と共通するところかもしれませんね。」
香川大学の魅力を教えてください
岡野
「僕にとっての母校で、やっぱりいろいろな希望を言って、それを叶えてもらった場所です。
先ほど言ったように、国立がん研究センター中央病院に出て勉強させてもらう。そしてアメリカにも行って、勉強させてもらう。そして移植の勉強をしたい時には、そのトップの施設に行って勉強させてもらう。
一番良かったのは、おそらく香川大学だったから、そういう様々なことを周りの人も支えてくれてチャンスを与えてくれたのだと思っています。
また、この瀬戸内海の景色が凄く好きです。特に夕日の沈む瀬戸内海ですね。
いろいろな学会で海外に行くことを含め、香川県外で生活したこともありますがやっぱり瀬戸内海の夕日は凄く好きです。僕が香川に今までいて、これからも香川で頑張っていきたいなと思う理由の一つですね。」
いかがでしたか?
先生の熱い想いや医師としての信念に触れることができました。
次回は、先生が力を入れられているロボット手術について詳しく伺う予定です。お楽しみに!!