ナス法の欠点(4.下部は治せない)
胸郭下部の陥没が修正できない―ナス手術の欠点
ナス手術は胸郭の陥没部分を挙上した後に、挙上の状態を保定するために矯正バーを装着します。
この方法で修正が可能な部位には限界があります。たとえば図1の症例を見てみましょう。ナス手術を行って、バーを抜去した患者さんです。「これで治療は終わりです」と、執刀した先生には説明されていました。たしかに、乳頭より上の部分について言えば、凹みは治っています。しかし乳頭より下の、第6および第7肋骨付近はまだ凹んでいます。この凹みはバーを抜去した結果生じたわけではなく、最初の手術の段階から持ち上がっていないはずです。すなわち、この部分はナス手術によって治すことができない領域なのです。この理由について説明してゆきます。
図1:下部肋骨の修正が不十分な症例
胸郭上部の横断面を考えると、図2のようになっています。
図2:胸郭上部の構造
この部分に対しては問題なく、矯正バーを装着して陥没した部分を修正することができます(図3)。すなわち、通常のナス手術を行えば、形態は改善します。
図3:正常に行われるナス手術
これに対して、胸郭の下部は話が異なります。胸郭の上部では左右の肋軟骨が胸骨を介して連続していますが、胸郭の下部においてはこうした、左右の硬組織(軟骨・骨)の連結はありません(図4)。
図4:胸郭下部の構造とナス法との関連
それでも胸郭の上部に対するのと同じように、バーを装着して凹んでいる部分を持ち上げることは、可能なようにも思えます(図5)。
図5:理論上の下部胸郭へのバー装着
ところが実際には、胸郭の下部で、このようにバーを装着することはできません。その原因は、胸腔と腹腔を隔てている横隔膜にあります。横隔膜は胸腔の最下部に存在する筋肉で、この筋肉の運動によって呼吸が行われています。横隔膜は胸腔内臓器である肺と、腹腔内の臓器である肝臓や胃に接しています(図6)。
図6:横隔膜付近の構造
胸郭の下部を水平に横断すると、横断面には胸腔と腹腔の双方が含まれます。両者は横隔膜によって隔てられています(図7)。
図7:横隔膜付近の構造のシェーマ
胸郭の下部はこのような解剖学的構造をとっています。ゆえにもし図5のように陥没部を修正しようとしてバーを装着しようとすると、バーは胸腔と腹腔の双方を通過しなくてはいけません。このためには横隔膜を貫かなくてはいけません(図8)。横隔膜は呼吸に携わる働きがあるので、これを貫くと、呼吸に対して影響が出ます。
図8:胸郭下部へのバー誘導への問題点
ゆえに、胸郭の下部の凹みに対しては、通常のナス手術で行うようにバーを用いて修正することはできません。陥没している部分の骨を細工して曲げ、すこし膨らませた状態にしてからプレートで固定します(図9)。
図9:プレートによる肋骨の固定
こうした操作を行えば、凹んでいる部分を膨らませることができます(図10)。この手術の欠点は、胸郭の下部を切開しなくてはいけない点です。ていねいに縫合すれば、時間がたつにつれて、傷はそれほど目立たなくなります。
図10:手術直後の状態
修正された胸郭のCTを示します(図11)
図11:術後のCT